「株は買うよりも売る方が難しい」といわれる。このありがたい格言も、当時の私にはぴんとこなかった。時は2001年2月、490円で買った日航と460円で買った大林組がぐんぐん下がっていくのを指をくわえてみている真っ最中。
「売る」なんて、株価が買値よりも上がったら注文を出すだけの至極簡単なこと、「売る方が難しい」のだとすれば、それは「上がるのを待つのが難しい=つらい」ってことでしょ!!と曲がった解釈をしていたくらいである。
あまりにも下がり続けるので、そのうち株価を毎日毎日チェックするのも面倒になってきた。私はもともと飽きっぽい。ほいほい儲けていた蜜月も過ぎ、年明けからは試練ばかり続いていることもあり、株に対する情熱もすっかり薄れ、欲もどこかへ消えた。
そんなこんなで3ヶ月くらいぼんやりしていると、大林組が知らない間に550円前後になっていた。桜も散りかけた4月中旬のことである。ここで売れば10万円の儲け!
そんなとき、どこからともなくよみがえった「欲」がひっそり私にささやく。「いったい1月から今まで何ヶ月持っていた?約3ヶ月もじっと待ち続けて、やっと巡ってきたチャンス。そんなところで売ってもいいの?もう少し待てばもっと上がるかもよ」。
保有している期間が長ければ長いほど、愛着、いや、執着が出てくる。これだけ長い間持っていたのだからもう少し稼いでもらおうという根性がわく。長い間持っていたと言ったって、株は私から生活費をせしめたわけでもなし、ただじっとおとなしく口座に入っていただけのこと。私に害を加えることは何一つしていないどころか、私に忍耐という言葉を教えてくれた人生の師、と言ってもいい存在である。そんな罪のない株に「もっと稼げ」とは、私も堕ちたものだ。
結局私はずるずると持ち続け、そうこうする間に5月1日、株価は650円まで上がった。ここで売れば20万。しかし、550円付近から650円に達するまでにわずか2週間、非常に勢いのよい上がり方を見てきた私は思わず目がくらんだ。ここで大きく稼いでおいて年初のつまずきをカバーしたい。もうちょっとだけ待ってみよう。
なんて思ったのが間違いだった。株価は650円をつけた後、また2週間程度で勢いよく550円前後まで下げた。650円の麗しい姿が頭に焼き付いている私は、550円ではもはや納得しない。必ずまた上がるはず、こんな値段では売れないよと意地になる。意地をはっているうちに大林組はとうとう500円を割り込んだ。
そこで私は目が覚めた。いつまでも過去を引きずっていてはいけないのだ。あるのは値段が下がっていくという事実だけ。つらいけど、現実を受け入れなくてはいけない。
5月31日、私は482円で大林組とサヨナラした。買ってから約4ヶ月半後のことだった。確定利益は2万2千円。ほんとだったら20万だったのに、と言いたいところだがぐっと我慢。20万円手に入れられなかったのはとにもかくにも私の欲のせいなのだから。
株は売る方が難しい。今は冒頭の格言の重さが身にしみる。
2001.06.15
◆CANE