銀座といえば柳の並木で有名ですが、この柳には実は深い歴史があったのです。
時代は明治。銀座煉瓦街を作ろうという動きがありました。銀座通りが旧来の東海道から近代的な幹線道路に変貌する時、どうせなら大通りの脇には欧米並みに並木を植栽しようという計画が持ち上がったのです。
並木となる樹木に選ばれたのは、日本を代表する樹木である桜、松、楓の3種。ところが銀座は元々は海。銀座は埋立地であり土中の水気が多く、また潮風もあってこれらの樹木はことごとく枯死んでしまう懸念がありました。
そこで急遽登場したのが柳だった言うわけです。柳はそれ以前の芝居でも幽霊の背景に使われるなど、決して表通りの街路樹に選ばれるようなメジャーな樹木ではなかったのですが、逆にこの柳が人々の目には新鮮に映り、銀座を歌う場合は必ずといっていいほど柳が取り上げられ「銀座の柳」として定着していった。
しかし、その柳も大きくなりすぎて、大正10年にあえなく撤去。同時に歩道が整備され、変わりに植えられたのが銀杏(いちょう)。明治神宮や表参道を歩いたことのある人なら、あの銀杏並木はご存知でしょう。今では立派な銀杏並木になっていますが、この銀杏は同時に銀座にも植えられたものなのです。
おりしも関東大震災で銀座の銀杏は燃えてしまいましたが、もし燃えずに残っていれば、銀座は表参道にも負けない立派な銀杏並木を誇っていたことでしょう。同時に銀座のイメージも今とは違ったものになっていたかもしれません。
震災後の銀座は地元民を中心に柳の植栽が推進され、石畳の復活とともに新しい銀座の顔を作るようになってきています。