「やにさがる」という言い回しがあります。どういうときに使うかというと「女性にちやほやされていい気分になりニヤニヤしている」状態の男性を指しいいます。目じりが下がって目やにが出ている、という意味ではありません。そんなイメージもあるかと思いますが。
「やにさがる」は「脂下がる」と書きます。この「脂」はタバコの脂(ヤニ=タール)です。
この言葉が生まれたのは江戸時代の頃。当時の喫煙具といえばキセル(煙管)。キセルは雁首(がんくび)、羅宇(らお)、吸口(すいくち)の3つの部分でできていますが、これらをすべて純銀で手延ばしで作ったキセルを「銀ギセル」といい、当時としては高級品のためこれを持てるのは一種金持ちのステータスでした。もちろん一般の人は持つことはできません。
これを愛用する金持ちの若旦那は、若い女のいるところで高価なキセルをこれ見よがしに見せようと、吸い口にヤニが下がってくるほど雁首を突き出し、反身になって得意げにタバコを吸うのです。その姿をもじって「脂下がる」といったといわれます。転じて「いい気になっている」「ニヤニヤしている」「女性にちやほやされている」などの表現に転用されました。
タバコを吸っていてヤニが下がってきたら美味しくありませんが、いきがっている若旦那にとってそんなことは構わなかったのでしょう。想像するに、なんともほほえましい光景であります。
ちなみに今ではキセルを使ってタバコを吸う人は皆無ですが、キセルは昭和30年頃までは一般家庭に普通にあったと思います。昭和初期にはそのキセルについたヤニを掃除する「らお屋」という行商が自転車を引いて街を歩いていたとか。