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[1241]裁判員制度始まる

2009年5月21日、いよいよ裁判員制度がスタートになりました。世論調査では70%以上の人が反対もしくは参加したくない、という結果なのに強引にスタートしたことになります。この背景には、閉ざされた司法の開放、裁判にかかわる人の非常識を是正する、また、一般人の司法の参加により、国民の司法に対する意識の改革、などがあります。そのため裁判員が参加する裁判は「重大な刑事事件」に限られています。

こんな重大なことが、どんどん決まっていってしまうことに懸念がありますが、これを提案したのは1999年小渕内閣に設置された司法制度改革審議会です。そしてその中で裁判員制度が審議されましたが、これを推進したのは小泉内閣。2001年のことです。

裁判員制度の本質は「国民の司法の参加」ですが、司法というのは法に則り罪を裁くことにあります。「法に忠実に則っているかどうか」を判断するのは大変な勉強が必要であり、その専門家を育成するために司法試験があります。司法試験に合格した人は職業人として法の番人(つまり司法)となります。

よく、検察の主張や判決に「被害者感情」を斟酌することがあります。本来裁判は「罪」を裁くことあって「人」を裁くことではありません。その「罪」がどうして発生したか仔細に検証するのが裁判です。そこに「感情」が割り込む余地はありません。

しかし、現状では判決に感情が入り込むのが実情です。こういう状況で、裁判員制度が導入されました。参加する裁判員は素人で一夜漬けの勉強しかしていません。法に則っているかどうかなど、わかるわけがないでしょう。しかし感情でものを言うことはできます。その言葉が判決に影響するかもしれません。

ところで、一番この制度で困っているのは、当事者の裁判官や弁護士ではないでしょうか。「法に則る」ことがどういうことなのかを素人の裁判員に教えつつ、裁判を行うのですから。こりゃ大変な労力です。

相撲部屋に弟子として入った息子が殺害された事件で、当事者の親方は懲役6年の実刑判決を受けました。息子の親御さんは「6年の実刑判決には納得している。ただ親としては、たとえ(刑が)何十年でも本心では納得できない。相手(山本被告)が認めない限り、なぜ事件が起こったかが明らかにならない」とコメントがありました。

事件の真相を解明する。そして、その原因を究明して、二度と事件が起こらないようにする。これこそ、裁判の役目ではないでしょうか?

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