メディア(中間者・媒介者)を必要としない、というのはどういうことか。スーパーマーケットは様々な商品を卸から消費者へつなぐメディアである。新聞やニュースは現場とお茶の間をつなぐメディア、魚市場は漁師と仲買さんをつなぐメディア…。コンビニだってメディアである。世の中はメディアであふれいてる。というかほとんどの事業体はメディアとして世の中に存在し、お金を稼いでいる。でも、ITによって一人一人が、世界中の一人一人と相対できるとしたらほとんどのメディアは不要になってしまう。
朝起きて、インターネットでニュースを読む、インターネットで産直やメーカー直販の安い買い物をする。もちろん資金決済もネットでやる。お金をおろしたければネットで電子マネーをおろしてICカードに入金。どこかに遊びに行こうとネットで行楽地情報を調べ、温泉をネットで予約。昼食はネットでオーダー。見たいテレビはあらかじめネットが用意してくれる。子供の授業参観もネットでOK。週末に備えてオークションで釣り道具に入札…。家にいながらにして何でもできる、お店に行かなくても品揃えが豊富で安い。
こんな社会になればコンビニもスーパーも銀行もいらない。もちろんスーパーもコンビニも銀行という業種も、機能的に無くなってしまうことはないが、事業体も従業員も現在と比較にならないぐらい激減するだろう。最後に残る業種は、農業や工業などの生産者と、それを運ぶ運送業者、それと肉体労働と水商売、もうひとつは無から有を生み出す作家や芸術家、芸人ぐらいか。
ITの行く先は、中期的にはメディアという存在の劇的な淘汰であり、労働の質の転換であり、経済構造のシンプル化であり、失業であり、リストラであり、お金のかからない社会であり、貧乏と金持ちに二極化する社会である。
こう書いていくと暗くなるが、実はそうではない。ITは道具でしかないという厳然とした事実がある。きわめて便利であるが故に、きわめて高度な人類の機能を代替できる。代替される方はおもしろくないかもしれないが、ITは人類に対してこう言っているのではないか。
「長い間ご苦労様でした。人類はこれから無から有を作る能力、つまりイマジネーション豊かでクリエイティブな方向に進化してください」
これこそがITの真の目的だと思うのだが。
2000.11.12