[006]日本の健康保険制度を知っていますか?その4

前回までは保険料の話だったのですが、肝心の医療サービスに関しては平等といえるでしょうか?保険料には不公平な側面もあることがわかりましたが、不公平なのは保険料だけではありません。例えば都会と地方の医療格差があります。田舎に行くほど一定の収入に対する国保の掛け金が高くなる傾向にあるのに、医療サービスは地方に行くほど保険料に反比例して悪くなるのは感覚的にお分かりかと思います。
前々回の試算で、神戸市の国保の保険料が高いとわかりました。ですが、神戸市は大都市ですし、立派な病院がたくさんあります。神戸市に住む人は神戸の病院が気に入らなければ近隣の大阪の大病院に行くことだってできますし、医療サービスをたくさんの選択肢の中から選ぶことができます。ですが日本の地方には、医者の常駐していない自治体もたくさんあります。そこに暮らす人たちは、同じ収入でも実は東京都に住んでいる人たちより高い保険料を負担していながら、都会に住む人が想像もできないような不便を強いられていることもあります。
地方の非都市部では、たいした産業もなく、公務員のお給料が一般企業で働く人より多いことがほとんどです。社会保険のないような零細企業に働く人が、公務員の何倍もの保険料を払い、かつ首都圏に比べて明らかに見劣りするサービスにしかアクセスできないのは、どう考えても不公平でしょう。
ただ、例えば地方の無医村に住んでいる人は、原則的には東京の大病院で診察を受けることもできれば手術を受けることもできます。そのことには何ら制限もありませんし、東京都民が受ける医療サービスの質や料金と違いもありません。そういう意味では平等です。ですが地方に住む人が通院の度に東京まで来ることは特殊なケースを除き、事実上不可能です。時間もお金も余計にかかりますし、第一、重病人ほど長距離の移動はできません。地元で同じサービスが受けられなければ意味がありません。
実はその距離感を越えて、都会でも田舎でも同様のサービスにアクセスできる方法があります。その代表がITの活用です。私はITで何でも解決できるとは思っていませんが、高齢化を迎えるこれからの時代、重要になるのは確かな話です。ですがお役所というのはどうもこの手の技術に対し不信感があるのか、なかなか積極的に活用しようという姿勢にならないようです。
ちなみに私は普段在宅で中国の会社のために仕事をしながら、パートタイムでアメリカの出版社のために英語で原稿を書き、アメリカに住む友人に文法チェックをお願いし、原稿が完成したらオーストラリアに住む編集者に原稿を送り、請求書はアメリカにある本部に送ります。インターネットやメールがなかったら、こんな働き方はできなかったと思います。逆を言えば今、ITを活用することで外国とも違和感なく仕事ができる時代です。まして日本の国内にある都市部と地方をITで結んで、医療サービスを提供することが不可能なはずはありません。今はワイヤレス聴診器で別の場所に住む医師に心音を送ることもできれば、テレビ電話で薬剤師に服薬指導を受けることもできてしまうのです。


この動きに逆行するような話として、インターネットによる一般薬の販売規制の話があります*。2009年6月1日より施行された新しい薬事法下では、薬局で販売されている一般薬を3つのカテゴリーに分け、そのカテゴリーの中でもっとも薬効の低いカテゴリーもの(つまりビタミン剤など)しかインターネットで販売してはいけないということになりました。規制された背景はいろいろあると思うのですが、厚生労働省の見解は薬の販売をはじめとする医療サービスは対面を基本とするからということです。ですが、無医村地区など、そもそも対面による医療サービスが期待できないところではどうしたらよいのでしょうか?そういう地区には薬局だってないかもしれません。あったとしてもその薬局にはあまりたくさんの品物を置くことはできないでしょう。薬には有効期限もありますし、ある程度の販売量の期待できないところで薬を販売するのは経営上無理な話です。
薬の対面販売にこだわる厚生労働省の指針としては、そういう地区に住む患者は時間とお金をかけてわざわざ大病院や薬局のある都会に出向くべきだというものなのでしょうか?現在は一般薬の販売についての議論の段階で、これを保健薬に拡大する議論はまだまだ先の話です。ですが、これから益々高齢者が増える時代を迎え、それに似合う医療従事者の拡充が見込めないことが人材的にも経済的にも不可能なのがわかっているのですから、ITを積極的に活用しないと医療システムの維持はありえない話でしょう。
インターネットによる薬の販売にはもちろん問題もあるでしょう。しかし販売する側をきちんと管理することでかなり事故は防げると思いますし、それまで対面サービスしかできないがために人々が強いられてきた不便や、対面サービスを提供しなければならないために支払っていたコストが削減できるのなら、もっと積極的に活用すべきと思っています。
日本では何かというと地方が切り捨てられるようになってきていますが、インターネットを使った薬の販売は都会と地方が同等に医療サービスを受けられる手段の一つです。都会と地方で歴然とした医療サービスの格差がある以上、また同じ保険料を支払っている以上、サービスは格差是正に向けて改善されるべきでしょう。
ここ数回で保険料についてお話しましたが、保険料が高いか安いかは、実はその絶対額ではなく、その保険料でどんなサービスが受けられるかにも依存します。同じ保険料でもたいしたサービスが受けられないのと、手厚いサービスが受けられる場合では保険料の相対的価値が変わるからです。
現状、日本の健康保険は会社や保険組合、自治体によって保険料の算定方法がバラバラで保険料にも不公平感があり、かつ受けられる医療サービスについても地域差があるということです。ただし日本では健康保険としての価値は全国どこでも同じで、保険の種類による医療サービスの制限もありません。そういう意味では皆保険は機能しているといえます。
城戸 佳織

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