立て替えたお金が返ってきたことで、私の男に対しての信用度が上がっていったことを男は悟っていた。というより男は私の信用を得る為に、私にお金を立て替えさせ直ぐに返すという行動を計画的にやってのけたと言う方が正しい表現であろう。当時の私がその事に気付くことが出来なかっただけなのだ。
男の思惑通りに、彼を信用し始めていた私はその日からというもの、男の頼みをある程度受け入れるようになっていた。スーツを買いに行くからとつき合わされた時は、手持ち現金がないからと代金を支払った。某衛星放送の支払期日までに手持ちがないからと代金を支払った。その他にも何かにつけて私に代金の支払いを頼むようになっていた。
なぜこんなにも頻繁に頼まれ事を受け入れる様になったのか。それには理由がある。少し前に、店が忙しくて仕事に疲れ果ててきた私が「店やめたいんです」と男に申し出た。しかし男は「今夢乃に止められては困る。」と言い私を引き止める為にその日から送迎をしてくれるようになった。相変わらず子供をかわいがってくれたり、ご飯をご馳走してくれたり、飲みにも誘ってくれた。常に子供と私のことを気にかけてくれていた男。そこまでお世話になっている、しかも店の経営者の頼み。断ることなどできる筈もなかった。
さらに男は私が断ることが出来なくなるようなひと押しを必ずと言う程やってのける。男の極めつけのひと言「直ぐに返すから。」である。別に極めつけのひと言でもないんじゃない?簡単に断れるでしょう。と思われる方もいるかもしれません。でも、体験したことのある方ならきっと分かってくれる筈です。「直ぐに返すから。」というひと言の威力を。そして、その言葉のみを信じ「経営者だもの、きっと返してくれる…」と自分を納得させ頼まれごとを受け入れる日々が暫く続いたのである。
さて、ここまでの話の中で立て替えたそのお金は返されたのかどうかが気になるところだと思うが、その殆どがおおよそ1週間程度で返されていたのだ。そして、「この人は貸してもちゃんと返してくれる人だ」という事が私の中で定着していくことになった。
早乙女夢乃