[11]アカサギ社長の誕生

現金を借りてからの男は、私に疑いを抱かせない為になのか今までよりも更に頻繁に連絡を取ってくるようになった。特に会社の手続きのことについてはこと細かく報告してきたのだ。私は、あまり長電話というものは好きではない。それでも男にお金を貸してからというもの本当に返ってくるのかという心配があったので、男からの電話には必ず反応した。
「今日、司法書士の先生のところへ行って打ち合わせをしてきた。」
「今日、書類を揃えて司法書士の先生のところへ行ってきた。順調に進んでいる。」
「今日、司法書士の先生のところへ行って殆どの手続きが終わった。あと少しで落ち着くから。もう少し待っていろ。落ち着いたら、先日借りた金を返すためにそっちに行くから。」
というような内容だ。これに男自身の近況報告も加わる。
手続きに関する最後の報告があってから数週間、男は本当にお金を持ってやってきた。「ありがとう夢乃。助かったよ。」と言ってお金を返してきた男は、お金と同時に「登記簿謄本と印鑑証明」まで私に見せたのだ。
その登記簿謄本の代表取締役欄には、男の名前がしっかりと記されていた。登記簿謄本に記載された日、遂に男は名実とも「社長」となったのである。
男が私に「登記簿謄本と印鑑証明」を見せたのは何故か。それは、最後の最後までお金を差し出すことを渋っていた私に、「借りたお金は本当にこの手続きの為に使用した。」という証を見せることで自分を着実に信用させる為である。加えて男は「自分が人を裏切るような事をする人間ではない。」と私にアピールしたのだ。本当に抜かりの無い男だ。
そして男は、社長という肩書きを思う存分利用して私をさらに陥れていくこととなる・・・
早乙女夢乃

[10]俺とオマエの仲

店での事件の後、私と男の関係に親密さが増していったことで、徐々にではあるが男の私への対応も変化を見せることになる。以前にも増して、頻繁に連絡を取ってくるようになったり、自分の知り合いの店だと呑みに連れて行き私を紹介したり、自分が経営している店だと連れて行き、雇われ店長に紹介したりと、男は私を彼の女として紹介し始めた。もっとも、私が働いていた店の店員君や女の子達に言わせれば、もっと前から私と彼はできていると思われていたらしいけど・・・
そしてある日、遂に男に現金を貸してくれと言われた。金額は30万円。
「現在の事業を会社として登録するのだ。」と男は言う。
「何故私に借りるのか。」と訊ねると、
「俺とオマエの仲じゃないか。」と男は言った。
・・・俺とオマエの仲・・・
沈黙の時間が流れた後、男はお決まりの極めつけのひと言「直ぐに返すから。」も付け加えた。今までも立替払いを受け入れてきたし、そのお金は殆ど返されているのも事実。しかし、今回は「現金」そのものだし金額も大きい。だからとても悩んだ。
私が悩んでいる間、男は「手続きが終わって○月○日前後には必ず返すこと。」「今までもちゃんと返していること。」「私のことを裏切るつもりは全く無いこと。」等、実に穏やかな口調で私を説得し続けた。そして私は悩みに悩んだ末、渋々そのお金を差し出すことになった。
「俺とオマエの仲」という言葉を男は以後頻繁に使うことになるのだが、私はお金を差し出した後、男の言うその言葉の意味について考えていた。「男と女の仲ってこと?」「私の物は男の共有物ってこと?」「私は男に世話になっている仲ってこと?」考えれば考えるほど貸すのが当然だったのか、貸したのは失敗だったのか訳がわからなくなったのを覚えている。
あれから6年経った今やっと理解し、キッパリと言える事がある。『この言葉を言うような男とは関わるべからず!』なぜなら、「俺とお前の仲」という言葉はアカサギにとっては、女を操る為の「話術」の一つであり、その言葉は誠実さの欠片も無いアカサギの企みの言葉そのものだからである。
早乙女夢乃