[03]彼とのこと

彼とはすぐに仲良くなったの。と、言っても飲み屋の女の子とお客さんっていう関係で。私のほうは勝手に運命的な出会いだって思い込んでいたけど、彼にとっては暫くの間、ただの田舎のスナックの女だったみたい。ただ、こういう仕事は初めてだったから、飲み屋の子と遊ぶことに慣れていた彼にとって、お水っぽくない私は新鮮な存在だったとは言っていた。
最初に来てくれた日、彼は仕事仲間のタカ君と一緒だった。タカ君っていってももう38歳。もう「君」って年じゃないでしょう…って思ったけど、すずちゃんもママもそう呼んでいたから私もタカちゃんって呼んだ。タカちゃんはすずちゃんより年上だったけど、仕事ではすずちゃんの方が上らしく、お店にいるときも敬語を使っていたりしてすずちゃんには頭が上がらない感じだった。
ボックス席に座ったすずちゃんの横に私が、タカちゃんの横にはママが座った。私が横にいくとすずちゃんは手を握ってきたり、スカートめくろうとしたり。私が「もぉ??!」と怒ったふりをすると「ええやんかぁ」ってすごく楽しそうに笑ってくれた。握ってくれる手はドラえもんみたいにポヨっとしていて温かかった。久しぶりに感じた温かさに思えた。久しぶりに心から笑ったの。楽しい!楽しい!楽しい!
帰りに車まで送っていって、いつもお客さんに聞くみたいに電話番号のおねだり。「ええよ。」って彼の言葉を聞くと、彼の手から携帯を取って自分の番号を押す。「明日電話してもいい?」って聞く。「電話してね。」だと、掛かってこないかもしれないじゃない?待つのは不安になるから。それから毎日電話するようになったの。
それから何日かして、またタカちゃんと一緒に彼はお店に来てくれた。前回はジャージだったけど、この日はスーツ姿だった。くっきりしたストライプの入った濃紺のスーツに赤いネクタイをしていた。怖そう、、、、。普通のサラリーマンじゃなさそうだな。
そんなことを考えながらも、私は嬉しくて嬉しくて、すずちゃんにベッタリだった。その日はほかにもお客さんがいて、ママはその人達とお話していた。楽しくて仕事を忘れるくらい。でも本当に忘れちゃダメなのよね。だってね、タカちゃんが怒っちゃった。
「彩ちゃんはこういうところで働くの向いてないのじゃないの?全然仕事できてないじゃない。」きつい言い方でタカちゃんは続けた。「もっと都会のクラブの子達なんてすごいんだよ。どうせバイトだからって適当にやっているのかもしれないけど、こっちはお金払っているのだから。」すずちゃんの前で怒られて涙が出そうになった。でも泣くのは恥ずかしいから我慢していた。そこでママに呼ばれた。そばに行くと「裏で座ってなさい。」っていつもよりずっと優しく言ってくれた。
裏に行くと気が抜けて一気に涙が出てきた。しばらくワンワン泣いていたら落ち着いてきた。お金貯めるって決めたんだから!負けない。負けない。負けない!ってテンションをあげようとした。様子を見に来たママに「ごめんね。もう泣かないから…」って中学生の青春ドラマの1コマみたいな台詞を言うとなぜかコートを渡された。「えぇ!ちゃんと今から頑張るから!」やめさせられるかと思った。出て行きなさいって言われると思った。「急ぎなさい。すずちゃん達がお勉強のためにクラブに連れて行ってくれるって。」
外に出ると黒いコートを着込んだ二人が立っていた。ますます怖そう、、、タクシーで向かった先は一番の繁華街。韓国人のクラブだった。私のいる場末のスナックとは桁違いの華やかさで、エレベーターはピカピカ。中に入るとたくさんの女の子が出迎えてくれて、私達の席には4人ついた。「スズキさん、はいッ♪」仲よさそうにリンと呼ばれた子がすずちゃんにお酒を渡す。
すずちゃんが私のことを妹だって女の子達に紹介すると、リンちゃんは「本当なの?弟しかいないって言ってなかった?」と怪訝そうな顔で私を覗き込んだ。
「全然似てないね。ほんとなの?こんなに綺麗な妹??」としつこく疑る。すずちゃんとリンちゃんは二人で会ったりしているみたい。仲のよさそうな二人を見ていたら、びっくりするくらい私は嫉妬していた。そんな私の様子を察して、すずちゃんはみんなに見えないように手を繋いでくれた。温かい手。
手を繋いでいるのをリンちゃんが見つけた。私を睨むと、「ねーえー」ってすずちゃんに甘えた声を出してホッペにキスをした。得意げな顔。当たり間だけど妹じゃないって彼女は気づいている。涙が出そうになった。いっぱい飲んでねってたくさん飲まさせられた。飲めないブランデー。断るのは悔しいから無理やり飲んだ。
どれくらい飲んだかわからないけど私はフラフラになっていた。ママから電話があって帰ることになり、タクシーに乗った。タカちゃんは助手席で私はすずちゃんにくっついて後ろに座った。「すずちゃん、りんちゃんとチュウしてた、、、」「ばかなこと言うなよ。していたんじゃなくてあっちが勝手にしてきたんやないか。」「やだったもん。」酔っていたのも手伝ってものすごく嫉妬していた。すずちゃんを見上げたらすずちゃんも彩花を見ていた。タカちゃんが乗っているタクシーの中で初めてのキス。ほんとに初めてのキスみたいにチュって。
それから何度かお店に来てくれて、帰りのエレベーターでチュってする関係が1ヶ月くらい続いたの。エレベーターで二人きりになれるのが待ちどうしかった。それまでキスなんて誰とでも簡単にしていた。でも、すずちゃんと会ってからできなくなった。すずちゃんとキスするときは本当に愛おしくて大切な時間。
ああ、人を好きになるってこういうことなのかも。27歳。いまさら初恋かもしれない。そう思った。去年の11月。
柊 彩花

[02]彼との出会い

1年間、将来にだんだん不安を感じ始めて毎日気持ちが不安定だったの。
出戻ってきてしまった私は近所の人から興味本位で心配されたし、
母親は近くに住んでいる親戚からいろいろ言われてかわいそうだった。
父はとても怒っていて私の存在を完全に無視していた。
居づらくなった私は一人暮らしを始めることにして家を出た。
荷物はとても少なかった。
最後の荷物を運び出そうとしたとき、父に怒鳴られた。
「もう二度と戻ってくるな。」
一人ぼっちの夜は初めてで、想像以上に寂しかった。
そのうち、会社で仲のよかったカナと毎日遊びまわるようになった。
私はどこでもモテた。
でも知っていたの。私に魅力があるわけじゃないってこと。
ブスじゃなくって無難。スキがあって手に入りやすそう。
毎日違う男と一緒にいた。
毎日違う男と寝た。
「気持ちよくして。もっと、もっと。」
セックスって気持ちいい。私は立て膝になって胸を舐めさせる。
男の頭を撫でながら、赤ちゃんみたいに乳首に吸い付いてくるのを上から見下ろす。
男の手を私の下のほうに持っていく。
「もっと気持ちよくして。はやく…。」
それでね、私の中に入ってきたときに聞くの。
「私のこと好き?」
みんな同じ答えが返ってくる。「すきだよ、彩花。」
ばかみたい…。 うそばかり。
どうでもいいや。
そう思いながらも一緒に気持ちよくなる。
なにやってんだろ。
エッチをする度にまた一つダメになった気になる。
可笑しくて笑えてくる。
一緒に涙も出てくる。
終わった後に必ず思う。
明日の朝、目が覚めませんよーに。いなくなっていますように。
でも必ず朝はきちゃうのよ。
逃げてばかりの自分が嫌い。
11月の始めの一人の夜。寝られなくて、いつものように睡眠導入剤を飲んでぼーーーっとしていた。
何錠飲んだかな。
いつもよりいらいらしていてね、たぶん20錠くらいかな。
一緒にお酒も飲んだ。
寂しい。寂しい。寂しい。
誰か助けて。
あんなに毎日違う男といたのに、そばに来て欲しいのはその誰でもなかった。
みんな、からだの繋がりだけだもの。
わからなかった。虚しさが身体中に広がる。誰に一緒にいてほしいのかな。
ワインを一本空けて、壁で割った。
手首に当ててみた。
ああ、死んじゃえばいいんだ。
ここちゃん、ももちゃん、ごめんね。
子供に会ってきたばかりだった。
帰り際、泣きじゃくる二人の顔を思い出す。
中途半端に会いに行くほうが酷じゃないの。かわいそう。
カナの言葉を思い出す。
あの子達は旦那のところで幸せに暮らしてる。
私が会いたいと思うのは私のエゴ?
私があの子達の生活を乱しているの?
思いっきり引いたら血が出てきた。
気がついたら次の日の夕方だった。
死ぬこともできない臆病者。
涙が出た。
夜10時過ぎまでそのままでいた。
フッと思ったの。遠くに行きたい。見たこともないところに行きたい。
会社の同僚が来月からワーキングホリデーでフランスに行くの。
私も行けないかな。お金貯めよう。
私ってほんと賢くない。
でもそう思ったらそれしかないって思えちゃって、早速パソコン開いてバイトを探した。
本当に偶然に近所のスナックが募集していた。
すぐに電話してその日のうちに面接に行った。
その日以来、男遊びはパタっとしなくなった。昼間の仕事が終わると走ってバイトに行った。
初めての水商売。
つぶれそうなスナックで、ママと私ともう一人かわいくない女の子だけのお店。
お客さんが来ないと、機嫌悪くママは電話しまくる。
その日は12時過ぎてもお客さんが来なくてママはとても不機嫌だった。
タバコ買ってくるように言われてワンピの上にストールを羽織ってエレベーターに乗った。
いかにも場末のスナックといった感じでエレベーターは赤い床に赤い壁。
ボロボロで乗っているといつも切なくなる。
でも今の自分にピッタリなような気がして、そんなところで働いている自分が少し可笑しかった。
エレベーターが開くと正面に黒い車が止まっていて助手席が開いた。
ジャージ姿のその人と目が合った。
「お前か??。ママが言うとったのはぁ。」
今でもはっきり覚えている。
優しい笑顔。すごくすごく優しく笑うの。
彼だった。
「あ、、、私この人がいなくなったら辛くなりそう。」
初めて出会ったのにそんなこと思うなんておかしいけれど、そう思った。
「すずちゃん、ひさしぶりじゃないの??!」ママは急に上機嫌。
鈴木淳司。35歳。少し離れたところに奥さんと小学生の子供がいるの。
単身赴任。
最初から知っていたから好きにならないようにしようって思った。
でも好きになるだろうなって分かってた。というよりも、そのときにもう好きになっていたんだと思う。
その日、すずちゃんが携帯に貼っていた家族の写真を見せようとしてきたとき私は「見せてくれなくていいよう。」って拒んだ。それが証拠だと思う。
見なくてよかった。
見ていたら絶対今耐えられない。へんなところで賢いのね、私。
※登場人物は仮名です。
柊 彩花