ふつふつと、日は昇る。
おのれのその力強さを誇示するように。
ふつふつと、日はまた沈む。
その面影を、最後のときを名残惜しむかのように。
男女は昇り、やがていつの日か沈みゆく。
形あるものが、どうしていつまでも存続できる?
空さえ堕ちるのに。
太陽さえ死んでいくのに。
男女はどこまでいくんだろうね?
どこまで続くんだろう?
ねえ、どう思う?
それとなく、死の足音が忍びよっていないかい?
でも、それは死ではない。無くなるわけでもない。
男女が、べつの形に変わるんだよ。得体のしれない、何かにね。
形あるものはかならず変わりゆく。
どうしようもなく移ろっていく。
ねえ、男女の移りゆく足音が聞こえてこないかい?
文明の技術力はみるみるうちに発展したよ。
人は、美容整形をはじめた。
その技術力が、ものの考え方が――今日では容姿を変えることを至極当然のようにさせた。
やがてもうじき、もうじきそこに――人々のあいだに家庭用ロボットがあふれるようになる。それ無しでは、生活に事足りなくなるようにね。
そして次には、それほど遠くないその次には――人の体が機械にとってかわるよ。
あなたの体は老いすぎた。あなたの体は故障したんだ。
その時どうすればいい?
どのようにすれば?
決まっているよね。機械ととりかえるんだ。アンドロイドになり
さえすれば、すべては万事OK。
だって、そうじゃない?
とりかえるだけで、美しく、若々しく、効率的になれるんだよ。
そこに、あなたを止めるなにがある?
人々を止める、どんな魔法の力があるというの?
やがて人々は、アンドロイドへと変貌していくよ。ゆっくりとだが、着実にね。
すると、男女はどうなる? どこへ行くの?
もし充分に技術力がたかまり、アンドロイドの熟練度が増すと、男女の二つのデザインだけでは飽き足らなくなるよ。
人とはそういったものだよ。他人とはちがう、なにか目新しいものを獲得するためにね。
好きなデザインに変われるのに、どうして男の形でないといけない? なぜ女の形に固執する必要が?
いずれ男女以外の第三のデザインが主流になるだろうね。
こうやって、人々の容姿は更新されていく。
じゃあ、男女は?
男女はどうなるの?
ふつふつと、日は沈む。
それはもう、昔話になってしまった。
形あるものは、いつも過去と未来をいききする。
ふつふつと、ふつふつと。
椎名蘭太郎
[23]結婚の唄
結婚ってなに?
どんな意味があるの?
それは幸せの羅針盤?
それは人生の墓場??
そもそも結婚って? 結婚ってなに?
今や、世界中でこのシステムが採用される。
無限の可能性があったはずが、男女一対一のかたちに。
それは強制?
それとも祝福?
今では結婚は――そのかたちは不動のものとなった。
疑うことなく。
考えることなく。
でも、よくよく思い返してごらん。
結婚を――我々の結婚をね。
そこになにが見える?
どんなものが蠢いている?
それにしても、人の欲望とは如何なるものだろうね。どこまで続いていくんだろう。
結婚のシステムに翻弄さえされなければ、すべてを愛せるのに。そこに垣根はなくなるのに。
もし、あなたが結婚のシステムに占拠されたら、あなたは縛られる。
昨日とおなじ人が今日もいる。自然にいるのではなく、決まりによってそこにいる。
あなたは愛さなくてはならない。どうあっても愛さなくてはならない。
明日も、その次の日も、命あるかぎりね。
そこにあるのは愛でなく、強制であることをどこか感じながら。
だって、そうじゃない?
愛は、ただそこに在るだけのもの。
自然発生するもの。
そこに、人為的なとり決めが必要だとおもう?
結婚のシステムは、いうなれば生活の効率をあげるためのもの。
共同体というべきもので、国が最大の単位なら、結婚は最小の単位となる。
結婚は、効率よくするための一つの技術であり、他人と他人が共同体をむすぶ儀式でもある。
でも、愛はいかなるシステムも、儀式も受けつけないんだよ。
それは生身の生き物。
それは純粋。
そこに取引はない。
結婚と取引したあなたは、世界の半分の人と愛し合うことができない。昨日まで可能だったことが、もうあなたにはできなくなる。
あなたは自分で作りあげた、否定の概念によって、当然のごとく自分を縛ったのだ。
バカげた話だが、結婚を信仰する人々にとって無条件にそうなる。
冷静に、物事をとらえさえすれば笑い話になるようなことを、彼らは平然とやってのける。
じゃあ、彼らはどうしてそうなったの?
どんなカラクリに引っかかったの?
人の心のなかに根強くはびこる独占と安定の欲。
この二つに憑かれた者は、どうしようもなく結婚にはまっていく。
結婚するのはかまわない。そんなことはどうでもいい。結婚が悪いはずがないのだから。なにより結婚は、人間関係を学ぶには最大のちからになる。
ただしだよ、理解するんだ。もしあなたが結婚のカラクリを見破るなら、結婚しようがしまいが、関係ない。
ただ、知ればいいだけのこと。結婚は取引であり、絶対ではないとね。それは有益になるが、縛るものにもなりえることをね。
それに独占欲と安定欲に捕われたなら、日々、活力はうしなわれるよ。
なにかに固執して、安定を得たとしても、本当にエネルギーが生まれるとおもう?
むしろ、その安定があなたを内から引き裂いてしまうよ。
同じ状態では腐ってしまう。離婚せよ、といっているんじゃないよ。そこに新たなちからを、なんらかの命を吹き込まなくてはならない。
そもそも結婚は、ひとつのパターンなんだよ。それはおもしろい発想ではあるが、バカげたものでもある。
世界の人々が熱病のように罹る、そのパターンをよく見てごらん。
世界には逆説的なことが実におおいよ。安定をもとめれば沈み、危険に飛び込めば活力と真の安らぎが得られたりとね。
これもまた、安定と危険のシーソーなのかもしれないね。
椎名蘭太郎