働いても働いても自分の手元にお金が残っていかない現実を目の当たりにし続けたことで、少しずつ麻痺していた金銭感覚が正常に戻り始めたのか、いい加減私の労働意欲も衰え始めていた。
ちょうど時期を同じくして、独占力の人一倍強い男は、私が男の店で仕事をすることを嫌がるような態度をとり始めた。男の店は、夜の女を求めてやってくるお客を接待する仕事である。私は当然仕事だと思って愛嬌を振りまき、お客を満足させる為だけに働いてきた。男も私を利用して充分に事業を拡大してきたはずだ。
それが今頃になって私が男の店で働くことに苛立ちを感じているような態度を見せ始めたのだ。どうやら、私が自分以外の男と仲良くしているのを見るのが嫌なようだ。私が接客をし終わり待機所にもどると機嫌が悪そうな態度で私に話しかける。さらには男子社員と打ち合わせをしているだけでも機嫌が悪くなる始末。そして仕事が終わり帰ろうと男の車に乗り込むと待ってましたとばかりに嫌味を言い始める。そんな日々が暫く続いたことで、ただでさえ衰え始めていた私の労働意欲は加速度的に減退していった。
男が嫉妬心全開で私にぶつかってくることで、男に独占されたい女心が働き始めたのか、私はお客の相手をすること・男子社員と打ち合わせをすること全てを億劫に思うようになっていった。
働き始めて約1年強、そろそろ潮時かなと思った私は「辞めたい」と男に相談すると、「そうしろ」とひと言。男の顔が心なしか笑みを浮かべながら即答したことを覚えている。
ここで、当時の状態を再確認してみるといろいろな矛盾に気がつく。当時は何故男の態度が急にあのように変化したのかは理解できていなかった。私の労働意欲が衰え始めた原因は男が私の働いたお金を次々と引き出していってしまうという現実を目の当たりにしたからだったはずなのに、いつのまにか男が独占力・嫉妬心を私にぶつけるという作戦によって、私は男の計画のままにアカサギに洗脳させられたまま仕事を止める決断をすることになったのだ。
早乙女夢乃
[12]鏡越しのパートナー
男と女は惹かれあう。理屈でなく惹かれあう。
どうしてかね?
そもそも、電極のプラスとマイナスはどうして引きあうのかね。そこに、なにか特殊な要因でも働いているかね。
我々は旅人である。ながい、ながい道をゆく旅人である。
単純にして、もっとも複雑なこの二つは――男女は、我々の存在そのものである。
プラスとマイナスは惹かれあう。どうしようもなく惹かれあう。そして、この二つが結びつくとき、一方だけではもちえない、おおきなエネルギーを発生させる。二つが一つになるとき、1+1では語りえない底知れぬエネルギーがそこにある。
大空を舞う。まるで孤高の鷹が、くったくなく大空を駆けめぐるようだ。
男と女は、対極に位置する存在である。男が女に惹かれ、女が男に惹かれる。それは、それぞれが反対の質をもっているからに他ならない。自分に無いもの、自分とはまったく逆のものに人はどうしようもなく惹かれていく。
安定感だけであれば、おなじ質のもの同士でいればいい。でも、それだけでは面白くない。あきたらない。
なぜ?
あなたも私も、自分にないものを探している。逆のものを獲得したい。反対のものに惹かれるのはこのためだ。
同質のものと付き合うより、よほど困難でリスクがともなうが、それでも得るものがおおい。
我々は、自分の反対の極をもとめ、惹かれあう。が、実際は、あなたのなかにはすでに反対のものが備わっている。まぎれもない、男と女がそこにいる。あなたが男なら、女が眠っている。女なら、男が潜んでいる。
電極のプラスは、すでにそのなかにプラス・マイナスをたずさえており、マイナスのなかにもトータルな一つがそこにある。
我々は異性をもとめて旅をするが、本当はなにを探しもとめる旅なのかね。かわいい女かね? それとも逞しい男かね?
それはすでに、あなたのなかにある。我々は、我々のなかにある異性を探しもとめていたに過ぎない。
あなたが男なら、あなたのなかには女が眠っている。その眠っている女が、あなたに自分を探しあててくれるよう、懸命に叫んでいる。そして、彼女のこの叫び声こそが、異性に惹かれる真の理由だ。
我々は、異性に惹かれあう。
あなたが女なら、男に惹かれる。訳もなくそうなる。そして、あなたが無性に好きになった男をじっくりみてみるといい。
あなたと反対でなかったかね? なにより、それこそがあなたのなかに眠っている男ではなかったかね?
椎名蘭太郎