[16]意中の彼からは連絡なし。

私は、一通の気になる紹介書を何度も眺め、この人しかいない、この人がいい!と思いこみ始めていた。私の写真と連絡先を記入した本紹介書を見て、気に入れば彼から連絡があるはずなのだが、なかなか連絡は来ない。私の「お受けします」の返事は大阪のシステム部にいき、そこから本紹介書を作成して、相手の手元に届くまで、4?5日のはず。その他にも候補者は何人かいたのだが、返事を保留にしたまま意中の彼からの連絡を待った。
もしかして写真を見て好みじゃなかったのか?学歴のせいかも?色々考えたが、2週間経っても連絡が来ない。だからといってもお断りの返事も来ない。蛇の生殺し、状態とはこのことだ。が、まあ、考えようによっては会っても話してもいない人だし、データを見れば不安要素がないわけではない。ちょっと遠くの人だったこともあり、もっと近くでいい人に目を向けようと思い、候補者の一人と連絡を取って会うことにした。私から連絡ができる人を保険の意味で確保しており、保留にしていた人だ。受験で言えば滑り止めの学校か。
ある日、お互いの休日に朝からデートした。特別盛り上がったわけではないが、盛り下がったわけでもない。印象としては誠実でいい人のように思えたし、嫌いなタイプではない。が、何となくピンと来ない。運命を感じないのだ。この人を好きになれるだろうか、と自問した。何度か会ううちに気持ちが傾くかもしれないとも思ってみた。相手は割と乗り気だったようだが、好きになれるだろうかと自問してまで誰かとつき合う意味が見いだせぬまま、もう一度会う気にはなれず、結局はお断りした。
オーネットの紹介書を数十通受け取り、パーティにも参加して、2人と個人的に会ってみて、私はもう誰かを好きになれないのではないか、と思い始めていた。贅沢を言えるスペックではないことは重々承知しているつもりだ。こんな私の条件を飲み込んでくれる人はきっと希少だろう。だからと言って好きになれるかと言えば、そう簡単なものではない。意中の彼からは連絡が来ないし、来たからといってもそれはスタート地点にしかすぎず、うまくいくとは限らない。スタート地点にも立てないのだ。実に前途多難である。
本城愛子

[08]敗者のジャレゴト

 男は、女を守らなければならないと言うが、あなたがたはいつからそんなに偉くなったのかね。
 なるほど。他人を守るという響きは、いかにも心地よさそうだ。立派なかんじがしないでもない。
それにしても、どうしてあなたがたは決めつけるのかね。状況はつねに動いているというのに、固まった概念が通用するとでもおもうのかね。
 それより、守りたいとおもったほうが、その時々で守ったのではダメかね。そちらのほうが、よほど自然ではなかったかね。固まった概念の強制は、負担にしかならないことを知らないはずがないだろうに。
 守るといえば、レディー・ファーストのことを知っているかね。レディー・ファーストの語源は、ヨーロッパの貴族にあると云われている。貴族の男が、身の危険をかんじたとき、レディー・ファーストを発動していた。毒見をさせるため、このさきが安全かどうか確かめさせるために女を行かせたのだ。
 大事なところを勘違いしてはいけないよ。問題なのは、レディー・ファーストの言語や意味なんかじゃない。シーソーの力関係を読みとる力だ。力関係によって、言語など簡単にすり替えられる。なにしろ言語は、人の道具でしかないんだから。
 だからレディー・ファーストは、女を守ること、優先することになったのだよ。
 男は、女を守るというが、本当にそんなことが可能かね。確かに、腕力のうえでは男のほうが強いだろう。でも、それ以外は?
 そんなものはない。外敵にたいして男が強くつくられていても、みずからの内にたいしては女が強くつくられている。
 もはや、外敵から身をまもる時代は終わったはずじゃなかったのかね。いったい男が、どこの獲物を追いかけ、城をおとしにいくというのかね。
 女は、長生きをする。ストレスにも強い。出血量にたいしても、男よりはるかにタフだ。女は子供を産むために、内面がタフにつくられたのだ。この内面の強さこそが、今の時代にもとめられる強さだ。
 時代は変わったのだよ。
 それでも、男は女を守るのかね。昔、男が守ることができたのは、男にそれだけの特権が与えられていただけのことだ。敗者となった現代の男が、どうやって他人を守れるかね。ルンペンが強がり、俺は金持ちだといってみせたところで、笑い話にしかなりやしないよ。
 男は、実をうしなっている。それでも、虚勢ばかりを吐いている。実のない虚にまみれるより、敗者は敗者として認めたほうが、よっぽど潔いとはおもわないかね。
椎名蘭太郎