[119]二・二六事件(1)

2019年3月21日

第119回
■二・二六事件(1)
此の事件が今までのテロ事件と大きく違うことは、事件を起こした青年将校が自分の部下である将兵「皇軍」を使った・・と云うことです。従って昭和天皇の怒りを買って「叛乱」と認定されてしまったからです。
此の事件は昭和11年(1936)2月26日未明に「皇道派」の青年将校22名が下士官・兵1400名余りを率いて起こしたクーデター事件です。
「皇道派」の青年将校は「北一輝」に近づいて、昭和維新の実現をはかって、武力による国家改造を計画して「真崎甚三郎教育総監」の罷免と「相沢中佐」事件などの「統制派」の台頭に反発して、第一師団の満州派遣を契機に蜂起を決意して、「斉藤実内大臣」「高橋是清大蔵大臣」「渡辺錠太郎教育総監」を射殺し、「鈴木貫太郎侍従長」に重傷を負わせ、陸軍省、参謀本部、國会、首相官邸、などを占拠して、陸軍首脳に国家改造の断行を要請しました。
陸軍首脳は戒厳令を敷きましたが、海軍、財界がクーデターに反対であるのを見てとった陸軍首脳は弾圧に転換し、「決起」「占拠」「騒擾」「叛乱」と反乱軍の規定を四転して、29日に反乱軍を鎮圧して、首謀者や理論的の指導者の「北一輝」らを逮捕して死刑、「皇道派」の関係者を大量に処分して、「統制派」が実権を掌握しました。こうして「岡田啓介」内閣は倒れて軍の政治的の発言権が強化されました。
こうして見ると何時の時代でも派閥争い・・権力争いが絶えませんね。人間はいつも人を支配したいのでしょうか?
ここで此の「派閥」に触れて置きます。
《皇道派》
日本陸軍内の派閥で「荒木貞夫陸軍大将」「真崎甚三郎陸軍大将」などが中心の派閥で、十月事件後に「荒木陸相」は「宇垣派」を排除して、自派の派閥を形成し、極端な精神主義で急進派の青年将校の支持を獲得しました。「相沢中佐事件」を起こしたが、二・二六事件で鎮圧されて衰退して「統制派」がそれに変わりました。
《統制派》
日本陸軍内の派閥で、中心は旧桜会の系統の参謀本部、陸軍省の中堅将校で、クーデターによる国家改造を否定して、合法的の権力樹立のために政財界に接近し、皇道派の派閥人事やクーデター計画に強く反発し、1934年に陸軍大臣が皇道派の荒木貞夫から林銑十郎に交代してから急速に優勢化し、軍務局長永田鉄山を中心に皇道派を弾圧し、二・二六事件で皇道派を一掃して軍の実権を握って、東條英機内閣で政権を掌握しました。
《蕨起趣意書》(蕨は足片がつく)現代の書き方では(決起)・・
此の二・二六事件で決起した将校が、その趣旨を示した文書があり、2月22日に野中四郎大尉が原文を執筆し、24日に東京中野の北一輝宅で村中孝次元陸軍大尉が修正しました。そして事件当日に陸軍省官邸で香田清貞が川島義之陸軍大臣の前で「陸軍大臣要望事項」と共に読み上げました。
此処に其の「決起趣意書」を原文のまま記して置きます。
『蕨起趣意書』
謹んで惟るに我神州たる所以は、萬世一神たる天皇陛下御統帥の下に、挙国一体生々化育を遂げ、終に八紘一宇を完ふするの国体に存す。此の国体の尊厳秀絶は天祖肇国神武建国より明治維新を経て益々体制を整へ、今や方に萬方に向かって開顕進展を遂ぐべきの秋なり。
然るに頃来遂に不逞兇悪の徒族出して私心私欲を恣にし、至尊絶体の尊厳を貌視し潜上之れ働き、萬民の生々化育を阻碍して塗炭の痛苦に呻吟せしめ、随って外悔外患日を遂ふて激化す。
所謂元老重臣軍閥官僚政党等は此の国体破壊の元兇なり。倫敦海軍条約並に教育総監更迭に於ける統帥権干犯、至尊兵馬大権の潜竊を図りたる三月事件或いは學匪共匪大逆教団等利害相結て陰謀至らざるなき等は最も著しき事例にて、其の蹈天の罪悪は流血憤怒真に譬へ難き所なり。中岡、佐郷屋、血盟団の先駆捨身、五・一五事件の噴謄、相沢中佐の閃発となる、是に故なきに非ず。
而も幾度か頸血を濯ぎ来って今尚些も懺悔反省なく、然も依然として私権自慾に居つて苟且愉安を事とせり、露支英米との間一触即発して祖宗遺垂の此の神州を一擲破滅に墜らしむるは火を睹るよりも明かなり。
内外真に重大危急、今にして国体破壊の不義不臣を誅戮して稜威を遮り御維新を阻止し来たれる奸賊を芟除するに非ずんば皇謨を一空せん。恰も第一師団出動の大命渙発せられ、年来御維新翼賛を誓ひ殉国捨身の奉公を期し来りし帝都衛戌の我等同志は、将に萬里征途に上らんとして而も顧みて内の世状に憂心転々禁ずる能はず。君側の奸臣軍賊を斬所して、彼の中枢を粉砕するは我等の任として能く為すべし。臣子たり股肱たるの絶対道を今にして尽くさざれば、破滅沈淪を飜すに由なし。
茲に同憂同志機を一にして蹴起し、奸賊を誅滅して大儀を正し、国体の擁護開顕に肝脳を竭し、以て神州赤子の微哀を献ぜんとす。
皇祖皇宗の神霊翼くば照覧冥助を垂れ給はんことを
昭和十一年二月二十六日
陸軍歩兵大尉 野中四郎
   外同志一同 
以上が二・二六事件で決起した将校がその趣旨を示した「蹴起趣意書」の全文です。(注、此の原文は今は使われていない旧漢字が多くありますが、よろしく判読して下さい。)