[43]女の自立

 世の中では、女への賞賛の声が飛びかう。
 母は強し。
 社会を支えているのは女。
 苦労を背負っているのはいつも女。
 このような声が繰りかえし述べられる。
 その割に、今の女は臆病でだらしない。
 男が規則によって疲弊しているなら、女はぬるま湯によって軟弱になっている。
 女は自立したというが、実際には自立できていない。
 自立したというのは、自分の足で、自分の稼いだ金で生活することを指す。結婚して生活費を男に依存するようなら、それは親の保護から男の保護に変わっただけにすぎない。
 女たちは真の自立ができていない。
 男に依存するような習慣は決してあなたの役に立たない。
 日本社会の財界・政界をはじめ、おおくの分野の上位でいまだに男が多数を占めているのはもはや構造的な問題だけではない。女と男の覚悟の違いによるものだ。
あなたは本気で仕事に情熱を燃やしていない。何かに依存しているのだ。教育も制度も、もはや男女のちがいがないにもかかわらず・・・。
 
 ぬるま湯の心地よさに浸っていると、あなたは成長を放棄したことになる。
 あるいは、ぬるま湯を利用しているだけ――と言うかもしれない。
だが、そんなことはありえない。利用しているつもりで利用されている。利用している――と思っている分だけあなたは利用されている。
 今、女たちは更なる一歩によって、みずからのぬるま湯から立ちあがる時がきている。そのときこそ、真の女の解放がなされるだろう。基本は、自分の生活は自分でまかなうべきだ。そうすれば、男も子育てや家事に本気で取り組むだろう。
 今後は、女は真の自立を、男は精神解放が課題となる。
 どちらにせよ、自立したうえで自分の気持ちに素直になるべきだ。
そして、それこそ人として目指すべきものだよ。
男女にはそれぞれ課題があるが、柔軟な女たちなら、きっと私のいわんとするところに共感してくれるだろう。
椎名蘭太郎