[25]三つの力

あなたは男であるか、女であるかに生まれてきた。いいかえれば、男性ホルモンをおおくだす体か、女性ホルモンをおおくだす体か、ということになる。
でも、果たしてそれだけかね? もしそれだけなら、60兆個の生きた細胞の塊があなたということになってしまうよ。
でも、あなたは言うよね。人はずっと言ってきたよね。
人間には心があるって。精神があるって。
確かに、それは見逃せない力だよ。
だって、あなたは男の概念によって実に男らしくなったんだし、女の概念によって徐々に女らしくなってきたんだもの。
つまり、心でも男女に隔たったというわけだ。
我々は、身心ともに男女となった。肉体の援助をうけながら、あなたは心まで男女に移行した。
では、心とはいったい何なのだろうね? その正体をどのように捉えることができる?
脳が心をつくったとおもう? 
どう?
あるいは脳とは異なる、独立した心があり、心が脳に命令していることだってありえるよ? 心そのものが一つの生物だとしたら?
可能性は常にひろがっているよ。心は、概念によって築きあげられた、記憶の残像といっていいものかもしれないよ。
どちらにせよ、我々は、身心の共同作業で成っているよ。
あなたが男なら、女の裸をみれば興奮するだろう。それは、あなたの概念と生理現象によって成立している。
時間が経てば腹が減るのとおなじ生理現象と、あなたのなかで培われてきたこれまでの概念とがね。
でも、それだけかね? 本当に、体と心だけがあなたの正体かね?
もう一つ大切なものを忘れていないかね? もっとも重要な、あなたそのものというべきものをだよ。
この頃は、エネルギーやらオーラを見る人が流行っているね。
彼らはどこを見ていると思う? どこの部分を?
彼らは、心の領域を見ているんだよ。エネルギーをね。
それは確かに、あなたを深く見つめることができる。心のどの領域まで見ることができるか、それは見る側のレベルにもよるがね。
ただし、どんなに優れていようと、それはあなたまでは達しない。
目は、人の体を見ることができる。エネルギーを捉える者は、心まで見ることができる。けれど、あなたそのものは決して見ることができない。
だって、あたりまえだよ。
意識は無限なんだよ。そこに形などありやしないんだから。
どうして形無きものを見ることができる?
どうやったら無いものを見ることが?
ありえないよ(笑)。
私たちには三つの力がある。体と心と、意識のね。
心と意識はおなじと思うかもしれないが、この違いをしっかり見破るべきだろうね。
どちらにせよ、三つの力が三位一体となってあなたをつくっているよ。
これら三つの力は、実際は一つ一つが生き物といっていいよ。それぞれが、それぞれに生きている。それらの力が合わさってこそ、よりよきあなたが形成される、という見方もできるだろう。
どう?
こう考えた方が実に自然にかんじない?
なにより、おもしろみがあるとおもえない?
椎名蘭太郎

[24]未来の話

ふつふつと、日は昇る。
おのれのその力強さを誇示するように。
ふつふつと、日はまた沈む。
その面影を、最後のときを名残惜しむかのように。
男女は昇り、やがていつの日か沈みゆく。
形あるものが、どうしていつまでも存続できる?
空さえ堕ちるのに。
太陽さえ死んでいくのに。
男女はどこまでいくんだろうね?
どこまで続くんだろう?
ねえ、どう思う?
それとなく、死の足音が忍びよっていないかい?
でも、それは死ではない。無くなるわけでもない。
男女が、べつの形に変わるんだよ。得体のしれない、何かにね。
形あるものはかならず変わりゆく。
どうしようもなく移ろっていく。
ねえ、男女の移りゆく足音が聞こえてこないかい?
文明の技術力はみるみるうちに発展したよ。
人は、美容整形をはじめた。
その技術力が、ものの考え方が――今日では容姿を変えることを至極当然のようにさせた。
やがてもうじき、もうじきそこに――人々のあいだに家庭用ロボットがあふれるようになる。それ無しでは、生活に事足りなくなるようにね。
そして次には、それほど遠くないその次には――人の体が機械にとってかわるよ。
あなたの体は老いすぎた。あなたの体は故障したんだ。
その時どうすればいい?
どのようにすれば?
決まっているよね。機械ととりかえるんだ。アンドロイドになり
さえすれば、すべては万事OK。
だって、そうじゃない?
とりかえるだけで、美しく、若々しく、効率的になれるんだよ。
そこに、あなたを止めるなにがある?
人々を止める、どんな魔法の力があるというの?
やがて人々は、アンドロイドへと変貌していくよ。ゆっくりとだが、着実にね。
すると、男女はどうなる? どこへ行くの?
もし充分に技術力がたかまり、アンドロイドの熟練度が増すと、男女の二つのデザインだけでは飽き足らなくなるよ。
人とはそういったものだよ。他人とはちがう、なにか目新しいものを獲得するためにね。
好きなデザインに変われるのに、どうして男の形でないといけない? なぜ女の形に固執する必要が?
いずれ男女以外の第三のデザインが主流になるだろうね。
こうやって、人々の容姿は更新されていく。
じゃあ、男女は?
男女はどうなるの?
ふつふつと、日は沈む。
それはもう、昔話になってしまった。
形あるものは、いつも過去と未来をいききする。
ふつふつと、ふつふつと。
椎名蘭太郎