[093]ディジョンマスタード

日本に帰るとき「お土産は何が良い?」と知人たちに聞くと返事はいつも「あのマスタード」と言われます。そして私は従順に数十個のマスタードの瓶を手荷物にして帰国。それはまるでブルゴーニュ大公時代のマスタード商人のよう。
ディジョンマスタードと呼べるのはディジョン近郊に工場を持つ4社。高級品として知られ早くから日本進出しているマイユ、ミッシュランの星付きシェフの多くが愛用するファロ、比較的一般家庭の食卓に挙げられるレーヌ・ド・ディジョン、そして私が夢中になっているテメレール。始めの3社のマスタードはどうも私には辛すぎて合いません。テメレール社のマスタードは酢が良く効いていて辛さ控えめなのでマヨネーズ感覚で生野菜に付けたりハムサンドを作るのにとても気に入っています。
日本は湿気があるから夏は多めに酢の物を取りますが、こちらは乾燥している上、あまり酢の効いた料理がありません。アルザス料理のシュークルート位かな私の知っているのは。そもそも酢の効いた料理はあまりワインには合わないと言われます。だからサラダを食べるときドレッシングは酢が入っているという事で通常はワインを飲みません。(私はサラダでも飲みますが)酢は充分に取らないといけないのでマスタードの酢の具合にも私は拘った結果がテメレール社。

テメレールとはブルゴーニュ家最後の大公の名前です。この人の娘のマリーが神聖ローマ帝国皇帝マキシミリアムに嫁いだものの既にブルゴーニュ家は衰退していてルイ14世によりリフランスに併合してしまったという悲しい結末。ブルゴーニュをこよなく愛する私としては味もさながらやはり大公の名前が掲げられているこのマスタードを愛し日本に広めなければという使命みたいなものを感じています。なんて言ったらすごいかしら。いやぁーただ単に私の好みの味で、船内で出したら日本人のお客様がとても喜ばれるので日本へのお土産はつもこれにしているのです。
勝手に自分をテメレール社対日マーケティング部長と決めている私がお勧めなのはバジル入りとロックフォール入りのもの。バジルは万能、ロックフォールは揚げ物に。マイユやファロはパリはもちろん、日本でも買えます。テメレールはパリでも買えますが普通のディジョンマスタードと粒々マスタードぐらい。私のお勧め2点やその他のカラフルな色と味はディジョン以外だと見つけ難いので是非ディジョンでどうぞ。
テメレール社のサイト:
http://www.temeraire.com

夢路とみこ

[092]味覚週間その2

味覚週間のせいかいつもよりもディジョンの朝市が賑わっている。所狭しと試食用の屋台が並び食いしん坊のフランス人が行列をなす。千葉県代表して食いしん坊の私も行列に参加して試食する。試食するのは新製品でも珍味でもありません。普段この市場で売っている物ばかり。ありきたりの食材をどう調理すればいつもの一品とは違うものになるかをこの試食会で教えてくれる。
ディジョンにあるホテル学校の生徒も参加してシェフ見習の学生がフルーツを美しく切っていた。こうやって切ればただのりんごもデザートになるわね、フムフムと思った。ブルゴーニュ銘菓のひとつにパン・デピス(スパイシーなパウンドケーキ)があります。これはブルゴーニュ大公が大変好んだものと言われるお菓子です。私にしてみれば黒砂糖のカステラを少し固く焼いたものです。英語ではこのお菓子をジンジャーブレッドと読んでいますが、アメリカでお腹いっぱいそれを食べた私は断言する、これは嘘だ。これは黒砂糖の固焼きカステラだ。

この味覚週間の市場ではパン・デピスの試食コーナーもありました。辛党の私はこれを殆ど食べないのですが試食だからとあって食べたらうまいじゃないの。伝統的なフランス料理コースではシャンパンは食前ではなく、食後近く、デザートの時に飲むようです。人の家に呼ばれて食事するときも私を招いてくれる人のところではデザートとクレマン(シャンパン製法の発泡性ワイン)が出ます。デザートの甘さにこれは良く合い、辛党の私でもこれならばデザートがいける。
いつも行くナイキ果実店(店主がナイキの野球帽を被っているので私が勝手に命名)では自家製ドライフルーツを試食があった。杏のそれをつまんでみたら赤ちゃんのほっぺのようそして甘い。誰かアルザスの白ワイングラスで持って来てと言いたくなりました。私の知る杏のドライフルールはスーパーで買うもの。固くてとても甘いから嫌いだけどフルーツの種類が減る冬はこれが常用食。ナイキ果実店、この杏のドライフルーツの美味しさの秘訣は?と尋ねると、「干しただけ」とあっけらかん。
子供の頃から既製の味に慣れている私には驚嘆の味覚週間です。私のような大人が増えるのを阻止するためにもやはり子供の頃から本物の味を教える、このフランスの食文化に対するプライドと熱意、あっぱれです。ディジョン朝市を観光目的のひとつにするならば10月2週目のこの味覚週間を挟むと良いですよ。

夢路とみこ