[315]フルヴィエール聖堂

私がリヨンとパリが似ているとよく思う理由のひとつにこの聖堂があります。ここへ行くには旧市街のサンジャン教会傍にあるフニキュレールというケーブルカーにのって丘の上に行きます。ここまでだとモンマルトルのアンヴェ~ルからやっぱりここもこれにに乗って丘の上まで行くから同じなのですが、リヨンの場合は上に行くのに2つの路線があり、ひとつはこの聖堂の前まで、もうひとつは別の場所に行くので間違えないように。
ずっとその昔、ローザンヌに住んでいたころ、レマン湖湖畔に行くのに駅付近のケーブルカー乗り場からこれに乗って下っていったものです。不思議なことに20年まえは将来またこれを身近に感じる生活の場所に住むとは全く思わなかったのですが、ご縁なんでしょうかね。
この聖堂はその歴史は古く、中を見学すると日本語を話される神父様がいるのでびっくり。何度かお目にかかり行くたびに「よかったらこれを読んでください」と冊子みたいなものを下さるのですが、神父様がいかにして日本語を学ばれたのか、日本語を話せるならリヨンの聖堂よりもパリのサクレクール聖堂にいたほうが良いのではないか、と思ってます。
聖堂の歴史や建築について何度かうちの船のガイドの説明を受けて、かつては通訳をしてたのですが全く忘れちゃいましたね。しかし、ここからの眺めは素晴らしいこと、夜になるとイルミネーションでこの聖堂がカラフルになること、そこばっかりは覚えています。ここからリヨン全景が見えるのですが、オペラ座のトースター、クレディリヨネのえんぴつ、ソーヌとローヌの中州などコンパクトになっているので写真スポットとしては完璧。
中世のペストの時代にはリヨン市民の病院として、第1,2の二つの大きな大戦の時代には市民が最初に救助を求めて逃げ込んだ場所、それがこの聖堂のようです。また聖堂の近くにはローマ時代の遺跡であるローマ劇場跡があり、今も夏になると野外劇が公演されるそうです。
まずは聖堂の見学、そのあと劇場の見学をしながら旧市街に向かって歩いて降りて行くことをお勧めします。夏ならばとっても快適な散歩になるし、またこの坂道沿いにはたくさんの昔風の家屋がありメルヘンチックです。
こちらもご参考にどうぞ
http://blogs.yahoo.co.jp/beaucaillou7/51366375.html
夢路とみこ

[267]サン・クリストフの奇跡

サン・クリストフ、英語読みならセント・クリストファーとは、彼が方に幼子イエスを担いでヨルダン川を渡る姿がモチーフとなっていて、ペンダントヘッドやキーホルダーとしてこちらでは売っています。これは輸送、転じて旅行者の守護神として考えられています。ですからトラックやタクシーの運転手や私のように旅行を職業としている人が良く見につけています。
初めてこれを見たのはフランス留学時代の20数年前、当時の彼が車、オート好きで事故の回数も数知れず。でも、いつも九死に一生を得たときにはいつもサン・クリストファーのお守りがあったと。そして数年後、彼はツアコンになり、私はその十数年後に船会社に勤務することになり亡くなった母の結婚前の職業であった観光ガイド関係の仕事をしています。私の前からはその彼も母もいなくなってしまいましたが、不思議なことにサン・クリストフがそれを導いたのか、私が現在の職につくことは当時誰も想像しなかった出来事で。
私の首にいつも掛かっているサン・クリストフはなんと、ティファニー製、20年前に購入。どうやら限定品だったらしく、パリのティファニーで同じ物を探したら「これは本当にうちの商品ですか?」みたいなことを言われてしまった、かなり汚くなっているせいでしょうか。私の場合、九死に一生のような出来事はないですが、このサン・クリストフに助けられた事は何度も。
船で事故にあった時も、怪我は足だけ命には関わらなかった。パリで地下鉄構内に閉じ込められた時も時間は掛かったけど無事に救出されました。お財布やバッグを電車の中に忘れた事は数回、その時に限って他のネックレスをしている日でサン・クリストフはお財布かカバンの中に。。。。そしてそれは必ず私のところに無事に戻ってきました。
2週間前にインフルエンザが元で肺炎に係り高熱と悪寒が一時間の間にジェットコースターのようになりました。前の同居人、通称ママがICUに運んでくれて何とか助かったのですが。病院のベッドで苦しくて出るのは言葉ではなく涙ばかり、そんな時、必死にこのサン・クリストフを握り締め「せめて熱でパーになりませんように」と祈るばかり。お陰でパーにはならず、ちょっと片耳が難聴ですが回復は徐々に。
サン・クリストフのメダルはパリのモンマルトルはサクレクール寺院の売店で買えます。旅行する人、運転する人、一つは持っていたほうが良いかもしれませんね。
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