[22]結婚難民の循環構図とは?

支社へ出向いて写真付きプロフィールで相手を検索する『オーパス』で、5名に申し込むも、ほぼ全滅(お断り)の結果に。子持ちの高齢でありながら、高収入の若い婚歴なし男性に絞って申し込むという身の程知らぬ暴挙が敗因か・・・。
かといって、思春期の子どもがいる人や高齢の両親を抱えた人、辺鄙な田舎で暮らしている人、しかも収入の低いとの出逢いにはためらいがある。データで一致した人や全国版の雑誌、オーパスを通じて私に申込をしてくる人は、そうした何らかの不利な条件を抱えている場合が多い。しかも県外だったりする。
分相応という意味で言えば、子持ちで三十路さえも終わろうとしているのだから、年かさだったり、子持ちだったり、高齢の両親がいたり、田舎だったりという条件もやむを得ないのだろうが、当事者(私)にしてみれば、それらを知りつつ、恋愛モードのスイッチを入れるのは難しい。
但し、好きになった人との結婚を考えるのなら、相手に子どもがいようが、介護が必要な両親がおろうが、僻地だろうがきっと受け入れるはずだ。抜き差しならない愛情があれば、条件などいとわないものだ。しかし、オーネットの場合はまず条件を見てしまわざるを得ない。人間性や相性以前の問題だ。やはり私の場合、このシステムで結婚相手を探すのは無理なのではないか、と思ったりもする。
そう考えていると結婚難民の構図が見えてくる。結婚難民な男女はやはり何らかの不利な点を抱えているということだろう。オーネットのように条件ありきの出逢いの場合、それが如実に現れる。不利な条件を持つ相手を避けようとするのは私だけではないだろう。私も誰かに避けられている。お互いに不利な条件の相手を選ばないので、不利な条件を抱えている人が残ってしまう。自分も不利な条件があるのだから、相手に不利な条件があるのを良しとして受け入れるという考えもあるだろうが、そうすると不利の倍増だ。
夫婦や家族になったときの課題も多いということだろう。まるで、賞味期限の古い牛乳パックが敬遠されて奥へ追いやられていくようだ。牛乳の場合、古いモノが残ると最後には破棄されるためコスト増となり、やがて売価に跳ね返ってくるから、古いモノから選ぶのが賢い消費者なのだが、結婚は・・・どうなのだろうね
本城愛子