[07]返されたお金の意味

男の家の合鍵を持つようになってからというもの、日に日に男が私に頼みごとをする頻度が増していった。
シャンプー・ボディソープ等の生活雑貨から始まり、Yシャツ・ネクタイ・部屋着・靴下・下着と恋人や配偶者以外の女性に頼むにはちょっと行きすぎではないか…と思うような品物を平気で頼んできた。他人の下着を買うことに抵抗はなかったの?何故断らなかったの?と思う方もいるでしょう。不思議なもので、他人の下着でもどんな物かは指定されていたし、婚姻暦ありの私にはあまり抵抗を感じなかったのである。
次に頼まれた事は、男の使用する携帯電話の料金を支払ってくることであった。当時忙しく働いていた男の携帯電話料金は私の金銭感覚ではかなりの高額であった。さらに今までは頼まれる時に先払いでお金を渡されたのだが、その時は違った。「今ちょっと手持ちがないから悪いけど先に支払っておいてくれるかな。」と言われた。
もちろん躊躇したものの、いろいろお世話になっていたし男の店である夜のバイト代は結構良かったので手持ちはあった。躊躇している様子を感じた男はすかさず「直ぐに返すから心配するな。」と言ってきた。そして私は、不安を抱きながらもコンビニへ支払いに行くことになった。
数日後、男は言ったとおり携帯電話の立替代を返してきた。返されたお金は多少多かったのでお釣りを出そうとすると、「お釣りはやるから子供に飯でも食わせてやれ。」と言われた。それ程多くなかったこともあり、私はその言葉に甘えることにした。
この出来事があったことで、「この人はちゃんと返してくれる人なんだ。」と、私の中での男のカブが上がっていったことは紛れもない事実である。
しかし・・・この私の行動と心の動きは不味かった。男は何故お金を返してきたのか、当時の私はその意味にまだ気付くことができていなかった。作戦はアカサギの思うとおりに着々と進んでいたのである・・・
早乙女夢乃

[06]アカサギの小道具

次の日、男から預かった1万円を手に頼まれ物を買いに行った。軽く請負ったはいいが、人のものを買うというのは神経を使うなぁと改めて思う。とにかく買い物を済ませ、男に渡そうと店に行った。
男に電話をして「頼まれたものを買ってきました。」と言うと、「今ちょっと忙しいから少し待っていてくれ。」と言われ待つことになる。一時間程待っただろうか・・・男が現れると話し始めた。「ありがとうな夢乃。悪いんだけど頼まれついでに俺の家に行ってそれをセットしておいてくれると嬉しいんだけどな。」そんなことを言われた。
私は一瞬躊躇ったが、ここで拒む理由は何も無かったし拒んだら店を追い出されてしまうかもしれない・・・という予感がした。今店を追い出されたら困る・・・暫くはここで働かせてもらいたいし、居心地良く仕事もしたい・・・などといろんな思いが過ぎり、結局男の頼みを引き受けることにした。
私が「いいですよ」と言うと、男はポケットからさりげなく手を出し私の前に差し出した。手の上には男の家の鍵があった。そう、合鍵だ。その鍵を受取り男の家へ行った。
家族でも彼氏でもない男の家に入るのはなんとも不思議な気分だったが、頼まれた仕事をこなすだけと思えば特に問題はなかった。その部屋は、男が言っていた通り何も無く引っ越してきたばかりの香りのする部屋だった。とにかく頼まれた通りに買ったものを広げてセッティングを済ませ鍵を閉めて店に戻った。
男に鍵を返しに行くと、「鍵はそのまま持っていていいよ。」と言った。私は持っている理由がないと思い「いえ、また必要なときがあったらお借りしますのでとりあえずお返しします。」と鍵を返そうとしたが、一向に受け取ろうとしない。「またいろいろ頼むと思うから持っていてくれ。」と男は言う。そんなやりとりが暫く続き、結局私が根負けしてそのまま合鍵を持っていることになった。
・・・そう、賢い読者の方ならもうお分かりであろう。その日からというもの男は何かと私に頼みごとをする様になったのは言うまでも無い。
早乙女夢乃