さて、香港からバスで約3時間かかって広州に着いた私を出迎えてくれたのは、私がジャパンオフィス代表を務める企業グループのオーナーと片腕で弁護士でもある弟さんでした。彼らは香港の億万長者です。落ち着く暇もなく、日本から出張中のお客さんたちとディナーをするため、連絡を取り、彼らのホテルにお出迎えです。知らない土地へ着いてお客さんを迎えに行くというのも商社マン時代にはよくあることでした。おしゃれなタイ料理レストランで食事をし、その後億万長者兄弟と夜11:30(日本時間では12:30)までミーティング。この日はフライトが早かったので朝4:30に起き、6時に自宅を出ました。何と長い1日だったことか。
華人の世界は厳しいと覚悟して入りました。仕事に甘えは禁物ですし、失敗なんて許されません。初めて来る中国へ女ひとりで香港からバスで来させるというのも彼ら特有のテストだったかも知れません。そこで不平を言ったり、きちんと来れなかったら、私は首になっていたと思います。ところが、宿については彼らは自分たちのゲストハウスに泊まればいいと言うのです。私が泊まっていいくらいなら、それは研修所のようなものなのか、ある知人いわく「オフィスの隅にベッドルームが1つあるだけじゃないの?」あるいは家族と一緒?想像は見事にはずれました。彼らは最近開発された超豪華マンション群の1フロア分4戸を買い取っており、私はその1戸をまるまる割あてられたのです。中は2階建てになっており、トイレつきバスルームはふたつ、トイレつきシャワールームがふたつ、書斎まであります。ベランダは6畳くらいありそうです。実はこの家を使うのは私が第1号だそうで、オーナー自らがかわいいネコの顔型のバスマットや日本製のグラス(それも1ダース)などをわざわざ買い揃えてくれました。
内輪のミーティングや朝食は隣のオーナーの家に行き、真っ白い革張りのソファに座った私に、億万長者兄弟が競い合ってコーヒーやお茶を入れてくれるのです。時にはオーナーご自慢のCDコレクション何千枚から日本のポップスを聴いたりもしました。外に出れば香港系企業のバイヤーとは英語でわたりあい、広東人の美青年通訳を秘書がわりにし、というばりばりのワーキングウーマンの世界、家に戻れば豪華広州マダムに変身というふたつの顔を持つ毎日でした。毎日次々と豪華レストランで食事をさせてもらいましたが、たぶん私たちの1食は工場労働者の1?2ケ月分の給料に値すると思います。日本人からすれば払えない金額ではありませんが、どこか胸の痛みを覚えるものがあります。
読者の方の多くは、中国は人件費が安い、だから貧しい、という単純な視点で中国をながめていらっしゃいませんか?もちろん人口の太宗はそうかも知れません。でも、上に書いたようなマンションが団地のごとく建っているのも事実です。私は広州市内の家具やインテリアショップのほとんどすべてを見てまわりましたが、いかにハイランクの家具のニーズが多いかも思い知らされました。このような家具はどんな層が買うのかと聞くと、「ミドルクラス」という答えがかえってきます。日本では「お金持ちあるいは家具に凝る人」という答えでしょう。聞けば中国でいうミドルクラスとは弁護士、大学教授、医師などの専門職のことで、ハイエンドとは投資家などのことだそうです。
皆が中流などと思い込み、中の上だの中の下だのと微妙な差をつけて喜んでいる日本人の方がよほど社会主義思想に染まっているのではないかと思えました。このマンション群の敷地内はきれいに造園され、東屋などもあります。そして出勤時にはベンツやBMWが続々とガードマンのいるゲートをくぐって出て行きます。ほんの数メートル先の塀の外ではリヤカーをつけた自転車が走っているというのに。これも広州のもつふたつの顔でした。
河口容子