格物致知

 「格物致知」という言葉は私的な交流会で知人が配布してくれた資料にあった言葉です。少し堅い言葉ですが、新年のテーマとして選んでみました。四書のひとつ「大学」にある言葉で朱子学では「格」を「至る」の意味として物事の道理をきわめ、知識を深くすること、陽明学では「格」を「正す」と解して、物事の真をきわめ正し、己の天賦の知をみがくことだそうです。

 さらに、理論物理学者の佐藤文隆氏の解釈では朱子学的に「知」とは「心でとらえる」の意味で、情報として単純に知ることとは違い、納得といった意味で「物」は物質だけでなく、事物、生物、社会制度、一切をさす自分の外の客観的な存在のこととあります。

 つまり、いろいろ考えてわからない時には客観的な事象から真理を探り出せというような意味で、私が提案している「ニュースをもっと深く考える」ことは格物致知以外の何ものでもないことに気づいたのです。

 会社員から独立してビジネスをしている身とすれば、世間の流れを的確に先取りしていく必要があります。どうしても自分中心の世界に向きがちな目を社会一般に向けるにはニュースを考えることが一番身近な方法です。また、いろいろな方から寄せられるご意見に返事を書いているうちにさらに新たな「発見」ができることもしばしばでした。

 ニュースには戦争、天災地変といった普遍的なニュースもあれば、時代背景が違ったならば話題にすらならなかったニュースもある筈です。それを考えるのもひとつの視点です。ほとんどの人にとって印象深い、あるいは衝撃的なニュースを取り上げることもありますし、まったく個人的な観点からのニュースを取り上げることもありますが、10年後、20年後、このシリーズを読みかえした時、ニュースの内容とともに私が何をしていたか何を感じていたか記録になるのも楽しみのひとつで続けさせていただいています。

 不況、不況と言われますが、年末は海外旅行の代替として高級ブランド品や高額品が飛ぶように売れたと報道されました。倒産やリストラでパイの分け前にあずかれない人が急増した分、パイを余分にもらえる人も増えている気がします。個人資産は健全に山のようにあり、就職というパイがなくても別のパイで生活できる人もいるはずです。

 どんぐりの背比べ社会であった日本にも多様化が始まっています。長いものに巻かれていたり、大樹の影にいれば何とか過ごせた時代から、セルフ・マネージメントやセルフ・プロデュース能力の必要な時代への変換を感じます。特に昨年は同時多発テロ事件からアフガニスタン攻撃、日本海の不審船事件と平和や安全についても考えなおさざるを得ない年でもありました。

何となく精神的な立ち遅れ感がつのったり、ライフスタイルを変化させることが不安な年明けを迎えた方も多いかと思います。内向きになりがちな時代こそ、ニュースをよく考える、そこに「時代」を見出すことが大切なような気がしてなりません。

2002.01.03

河口容子