東京に駐在中のシンガポール国際企業庁の女性管理職から電話があり、今度同国の大手法律事務所が日本に進出することになりランチでもセットするので話を聞いてあげてもらえないかとの依頼を受けました。この弁護士事務所はアジア数ヶ国にオフィスを持っています。まるで一般企業の多国展開のようです。弁護士業というのは、海外案件は提携先の法律事務所で処理するのが普通と思っていただけにちょっとびっくりしました。東京にオフィスをかまえると言っても法律事務所の機能を持つのか、クライアントの開拓とお世話をする連絡事務所の機能なのかはまだわかりませんが、連絡事務所とすればますます日本の法律事務所のイメージとは異なります。
これは私の勝手な推測ですが、中国、タイ、ベトナムへ向かう日本の投資家をシンガポールで待っていても来ない、だから東京まで出てきてつかまえようという発想であろうと思います。アセアン諸国の中で金融、物流、管理の拠点としてシンガポールがすぐれていることは誰もが認めます。また欧米諸国にとっては中国へのゲートウェイでもあります。ところが、日本人にとっては中国、タイ、ベトナムの3ヶ国はいずれもシンガポールより日本の手前にあり、わざわざシンガポールの法律事務所を利用するという気にはなりにくいものです。
この動きについて興味深いのは、北東アジアの国、日本を筆頭に台湾も韓国も中国もそうですが、仕事のためには世界へどんどん出て行きます。一方、アセアン諸国は地元にいてお客さんが来るのを待っている傾向があります。欧米の支配下にあった国が多いため仕事は与えられるものという発想で、従順といえばそれまでですが、言われたことを大人しくやっていればいいという風土があるような気がします。
香港とシンガポール、この似た者どうし、ある意味では日本よりも先進的なアジアの二つの都市に偶然ビジネス・パートナーを持つことになった私は「違い」に関心を持っています。まず広さはシンガポールが699km2で琵琶湖とほぼ同じ大きさです。香港は1103km2で東京の約半分。人口は前者が424万人、後者が 689万人です。前者の7-8 割は中華系ですがマレー人など他の血が混じっていることも多く、後者については95% が漢民族です。
シンガポールが民族の融合により活力を引き出しているという点ではアメリカ的ドライさを感じさせますし、赤道直下という気候のせいか割と楽天的であっさりしているような気がし、頭は良くても老獪さはないような気がします。香港のほうは中国に返還されたとはいえ、本土と駆け引きをしながらそのアイデンティティを守ろうとあがいているようにも思えます。
私からすれば親近感は距離に比例するのか香港のほうが圧倒的に強いものがあります。子どもの頃から香港人と多く接しているからかも知れません。シンガポールの人とは分かり合えなくても割り切れてしまう部分があるのに、香港の人とは分かってくれないと苛立ち、また妙に感情が一体化するときもあります。相手もそう思っているようです。お互いに知りすぎているがために嫌な部分も露呈してしまう、あるいは愛憎両面持った複雑な関係という感じもします。これが北東アジア人と東南アジア人の感性の差かも知れません。
河口容子