[266]ベトナムで教える、ベトナムで学ぶ

 会社員の頃、取引先の方から「あなたは実務を上手に体系づけ、理論化するのが得意だから将来大学で教える準備をしてはどうか」と言われたことがあります。もちろんお世辞ですが、この方は MBAでマーケティングが専門です。自分は考えもしなかっただけに違う分野の方の視点は面白いと感じました。私自身は日々悩みながらも国際ビジネスの現場にいることが好きで、起業後も実務を行なうコンサルタントであり、研究者や評論家ではないというスタンスを守ってきました。それが「実際にビジネスを行なっている人からアドバイスをしてほしい」というアセアン諸国のニーズに偶然にも合致したのです。そして大学どころではなく2002年から海外で教えるという仕事も増えました。
 グローバル化に伴い、日本から海外への投資が進んでいます。もちろん途上国に対して経済力の底上げには投資が一番早く効果が上がるのですが、ビジネスである以上はいろいろな理由で撤退もあり得ます。また、利益が出たら出たで、その国民を利用しているだの、搾取しているだのという反感も現地で出てきます。そういう意味で「教育」なら即効はありませんが、国際交流も含めた貢献が可能です。こういうお仕事は商社マンを続けていたらあり得なかったでしょうし、思わぬところで見つけた天職とまで思っています。
 ベトナムの聴講者はとても熱心です。セミナーの受付は朝 8時からの開始ですが、セミナーの始まる 9時には会場である農業・農村開発省傘下の展示場の講堂が 200人ほどの人で埋め尽くされます。中にはアオザイにパールのネックレスという正装のビジネスウーマン、少数民族の民族衣装をまとった人たちが見かけられ、いかにきちんとした気持ちでこのセミナーを受け止めてくれているかがうかがわれます。日本のように途中で居眠りをしたり、私語をしたりする姿は見かけられません。この真摯な態度に応えようと私も前年よりさらに良いものをと入念な準備をしますので、ベトナムの聴講者に私が教えるというよりも彼らが私を育ててくれているようなものです。
 先週号で政府機関の運転手さんが英語を話すようになったと書きましたが、一昨年は通訳を介しての取材ばかりだったのに対し、最近は英語での直接取材がふえています。英会話スクールの成果ではなく、スクールに高額の授業料を騙し取られた事がニュースになっている日本とは大違いです。
 セミナーの翌日は買い付けミッションの方々と現地企業との商談会でしたが、若い女性が私に話しかけてきました。彼女の装いからするとシンガポール人にしか見えず、話す英語もシンガポール訛りです。「なぜシンガポール人がここにいるのかしら」と思っていると、彼女は父親の仕事の関係でシンガポールに住んでいるベトナム人で、兄がベトナムに残って手工芸品の輸出をしているため手伝いに来たと言うのです。本当に彼女はシンガポールのキャリアウーマンかお金持ちのお嬢さんにしか見えず、社会主義国家ベトナムにおいても国際化した富裕層も出現している事をひしひしと感じさせられました。
 商談会の後、ハノイ特別市の南西にあるハテイ省の竹細工の工場をミッションメンバーとともに訪問しました。社長は一昨年のハテイでのセミナーの事を覚えていてくれました。講師として本当にうれしい瞬間です。「あなたから品質が大切と習いましたよ。」という彼の工場は風水に基いた立地だそうですが、国際標準化機構による品質マネジメントの規格ISO9001:2000を取得しています。農村の手工芸職人だった彼も今や年商1000万ドル(10億円超)の成功者です。ハノイ市の最低賃金は月55ドル(6000円ほど)ですから、いかに莫大な金額かおわかりのことと思います。
 成田空港から東京ビックサイトへの行き方がわからずタクシー代 5万円を払ったというエピソードに「日本人でもそんな人はいませんよ。」と誰かが言うと「日本人は行き方がわかっているからいいのです。ベトナム人にはわかりません。だからタクシーを使ったのです。」皆にミネラルウォーターをすすめてから「このボトルはシールしてありますから、コップに移さず、このまま飲むのが一番安全です。」とどこまでも大らかで優しいお人柄の社長です。最後に誰かが「この笑顔、ソフトバンクの孫さんに似てる。こういう顔が金持ちになるんやな。」と笑わせてくれました。
河口容子
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