[335]空気を想像して「着る」

 「過ぎたるは及ばざるが如し」と言いますが、ビジネスの場で「着る」ものはその場の空気を想像してジャスト・フィットしたものを準備しなければなりません。「過ぎたる」も「及ばざる」も恥をかく場合があります。男性はスーツがあればほぼオール・マイティなのに比べ、女性にとっては悩みの種です。
 「過ぎたる」の例です。東京で香港貿易発展局の新年祝賀パーティをかねたセミナーに行った時の事です。出席者はほとんどがビジネス関係者で、女性はまばらでしたがビジネス・スーツ姿にアクセサリーをつけた人がほとんどでした。そこへ威風堂々と現れたのは花嫁が披露宴で着るような大きく裾の広がったロングドレスに華やかに髪を結いあげた中年女性でした。オペラ歌手か特別ゲストかと思いきや出番は一切なし。「デビ夫人みたいだね。」とある中年ビジネスマンは苦笑し、多くの出席者は彼女に好奇心と非難の混じった視線を投げかけていました。彼女は次第に自信を失い誰とも話すこともなく帰って行きました。どういう理由でそのようないでたちになったのかよくわかりませんがかなりの費用と時間をかけて大失敗した事は間違いありません。
 「及ばざる」の例。ベトナムで商談会に立ち会った時のことです。日本から買い付けミッションでやって来た若い男性の二人連れはまるでバック・パッカーのような服装でした。政府機関主催の商談会ですからベトナム側は皆ビジネス・フォーマルで女性の中にはアオザイの正装で臨んだ人もいました。たぶん咎める目をしていたのでしょう。私をベトナム政府が招聘したセミナーの講師と知っている彼らは走り寄って来て「こんな格好で着てしまってすみませんでした。こんな立派な会とは想像もしていなかったので、いつも観光がてらに買い付けをするようなつもりで来てしまいました。」と謝りました。こんな時、男性は相手に対して失礼をしたという詫びが多く、女性には自分が恥ずかしいから照れ隠しに詫びる事が多い気がします。
 TVの朝の経済番組を見た時です。コメンテーターとして女性の大学教授が出演していましたが、オレンジとも赤ともつかない悪趣味なスーツ姿に、知性の片鱗すら感じられませんでした。おとなしそうで古風な美人顔の先生にはもっと似会う服があったはずです。この番組の司会は若い女性アナウンサーで、ダークなスーツ姿もあれば夜会服のような姿で現れることもあり、自分の若さと美しさをひけらかすかのようです。先生が負けたくない、と思う気持ちは同じ女性として理解はできるものの、自分の与えられた役割や自分の強みである経験や知性をアピールするという観点から考えれば、マイナス効果どころか、女性アナウンサーとファッション対決をしようというあさましさまで垣間見えた服選びでした。
 実は先日アジアビジネス情報誌から取材の依頼を受け、写真を撮っていただくことになり、めったにない話ですので空気を想像するのに苦労しました。 5月号ということで新年度のあらたまった感じを出すために選んだのはミッドナイトブルー(留紺)の無地ジャケット。一見黒にしか見えない紺色です。中にはオフホワイトの総レースの襟なしブラウス。 5月の新緑をイメージし、翡翠グリーン系の 5連の細いネックレス。 1連ずつデザインや素材が異なるものです。この辺に少しだけ流行を取り入れ、リクルートスーツとは少し違う着こなしにしてみました。大好きなイヤリングはあえて封印。老若男女の読者から見て、派手でもやぼったくもならず、国際ビジネスコンサルタントのイメージと一致するものではないか、という計算です。全部手持ちの長く使っているものばかりです。着なじんでいるもののほうが着る人との一体感があるからです。こういう時にはデパートを走り回って少しでも自分を良く見せようと必死に新しい洋服を探す人がほとんどでしょうが、そういうのが気恥ずかしくもあり、面倒くさい私の苦肉の策がこの結果となりました。
河口容子
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