[240]お見舞いのマナー

 手術のため入院した事は先週号で触れました。土日をはさんだたった5日の入院でしたが、国内外ともに仕事でよくコンタクトをする相手にはご迷惑をおかけしないためにも事前に連絡をし、また退院後の復帰の連絡もしました。驚いた事は最近の日本人には「どうぞお大事に」とか「退院おめでとう」という決まり文句をまったく言えない人が多いことです。社交家で通っている60歳間近の人ですらそうだったので、「弱者切捨て、自分の利益にならない事は無視をする」風潮が老若男女に蔓延しているような気がしました。
 香港のビジネスパートナーの兄のほうは、腹腔鏡で手術をすることを心配してくれました。患者の身体的負担が少ない分、医師は高度の技術を要することを知っていたのでしょう。私の入院する病院は私と同じ手術を年間 200件こなしているので大丈夫、と返事をしたところ「一日も早い回復をお祈りします。」のメッセージの後にスマイルマークがついていました。
 退院の知らせには「お帰りなさい。きっと前より元気になるよ。たまには病気も休養になっていいでしょう?冗談だけど。」弟のほうは「元気になってとっても嬉しい。でもしばらくは気をつけて。楽しい毎日を。」と言ってくれました。シンガポールのクライアントたちも「手術の後だからしばらくは養生してくださいね。」というようなメールをくれました。日本人はすぐ病院に見舞いに行くべきか、お見舞い品を送るべきか、などいろいろな心配をしますが、まずは知らせに対しタイムリーにお見舞いや励ましの言葉を送るのがマナーでしょう。日本のクライアントの社長はすぐ電話を下さり、「声を聞いて安心した」と言われましたが、こういう真心が一番大切だと思います。
 知人である国際機関の女性職員は私よりほんの少し年上ですが、「私の母も同じ手術をしたけれど元気で長生きよ。」と言ってくれました。彼女はストレートにものを言う人なので特別な気遣いをしての発言ではなかったと思います。私自身、この手術により寿命が縮むとは思ってもいなかったのですが、なぜか嬉しい一言となりました。
 「病気」は個人情報の最たるものです。本人が話したくないのに根掘り葉掘り聞くのは大変失礼な事です。また、その情報を元に知人友人に勝手な推測で噂を流すなどはもってのほかです。会社員の頃、「復帰は不可能」「危ないのではないか」との噂を流され、これらは復帰した自分の耳にも入って来て非常に不快な思いをした事があります。患者にとって退院するのはひとつの山ですが、社会復帰をするのも大変な勇気と努力が必要です。会社員の頃、上司である役員から「病院にはお見舞いに行く機会がなかったので」と社会復帰後お見舞いの品をいただいた事がありました。退院後の不安な時期でのこうした暖かい見守りは復帰への大きな励みとなります。
 「病院」というのは医療スタッフと患者から成るいわば生活共同体のようなものです。個室に入らない限り、病室はひとりだけの空間ではなく、鍵もかからない所で、常に他人への配慮が必要なところです。患者は 1日中暇だと思われがちですが、朝 6時起床、夜 9時消灯という決められたサイクルの中で検温、血圧測定、回診、食事、治療、検査などすべて時間で管理をされています。
 何度かの入院体験からお見舞いの達人になる方法についてまとめておきます。まず、清潔、さわやかで明るい気持ちになるような服装とふるまいです。喪服のような黒一色や華美すぎるものは嫌われます。ピンヒールのような足音のする履物は履かないこと。形式よりも心で、かえって邪魔になるだけの見舞い品を持っていくよりは患者が困っていることの手助けをするほうがありがいものです。患者に休養を取らせるためにも長居はせず、「名残惜しい」くらいが患者にはちょうど良いようです。先に述べたように患者は「共同体」の中にいるわけで、医療スタッフや他の患者の迷惑にならないこと、不作法な見舞い客は患者が共同体の中で恥をかくことになります。また、患者の家族への配慮もできればなお素晴らしいと思います。
河口容子

[228]ひと目でわかる日本人

 東南アジアの5つ星、4つ星ホテルで日本人ビジネスマンを見分けるのは結構難しいものがあります。5つ星、4つ星クラスに泊まれるアジア人ビジネスマンはもはや衣服も日本人と何ら変わりがありません。しかも東南アジアなら軽装になるのでなおさらです。
 私が見分ける方法は、いくつかあり、まず髪型。他の国の男性は短めで分け目がぴっちりしています。日本人はやや長めでくしゃっとしています。次に歩く姿勢の悪さ。やや猫背でおなかを突き出し、へたへたと歩くのが日本人。ホテルの従業員がコーヒーやお茶を注いでくれても「ありがとう」とも言わず、時には横を向いているようなら完全に日本人と断定します。髪型は好みやご本人に似合うかどうかの問題なので別として、あとのふたつはまったくいただけません。
 そういうあなたはどうなのかと言われそうですが、海外では仕事中の写真を知らない間に撮っていただくことが多く、その中には後ろ姿もあります。後ろには目がありませんのでカメラを意識するどころかカメラの存在も知らないことがほとんどです。幅の広いいかり肩で背中にものさしでも入っているかのような背筋の伸びた私の後ろ姿を見ると、凛々しくて自慢であると同時に意識しなくてもこの姿勢を保持させる緊張感というか意気込みを感じます。
 日本ではレストランで何かを運んできてもらっても軽い会釈や「どうも」と言ってすませることが多く、お金を払っているのだから当たり前と言わんばかりに黙っている人もいます。礼儀正しいとされる日本でどうしてそういうマナーがないのか不思議です。私自身は「どうも」という挨拶は中途半端なのでまず使いません。ありがとうのかわりに「すみません」と言うのも好きではなく堂々と「ありがとうございます」と言うことにしています。お店で買い物をしても、楽しく良い買い物をさせていただきました、という気持ちで「ありがとうございます」と行って帰ります。確かに「ありがとう」はThank You よりも重ったるい感じはするものの、抵抗なく言える人は老若男女を問わず素敵に見えます。
 最近いろいろなセミナーで気づいたのですが、アジア人の講演者の方は演台に立つ前に演台の横で深々とお辞儀をされることが多い。自分も講演をするのでよくわかりますが、演台の前だとマイクもあるし、後ろに何歩か下がらない限りきちんとお辞儀ができません。また、お辞儀というのは全身を見せるところに意義があるような気がしますので、私もアジア人にならい、演台の外でお辞儀をするようにしています。日本人の講演者はたいてい演台の前で首をしゃくったようにお辞儀をするか、慣れすぎている場合は会釈ひとつせず「えー、ただ今ご紹介をいただきました○○でございます。」などとしたり顔で講演を始めるのでその傍若無人さに嫌気がさすこともあります。
 ついでに握手。日本人は手を握って振る人がいますが、相手の手をそっと包むかのように一息止めて握るのが握手。また、握手をしながらお辞儀をするのはマナー違反とも言われますが、米国企業に勤務していた韓国人の本部長は誰に対しても握手をしながら身をかがめるようにお辞儀をしました。そのエレガントなこと、東洋の誇りとまで思ったくらいです。ただし、頭を下げるのは1回のみ、何回もぺこぺこと頭を下げるのは貧相です。また、アジア人どうしはどうしても異性と握手をするのに文化的な抵抗(あるいはイスラム教のように宗教的な禁忌)があることが多く、特に初対面の場合は女性が手をさし出さない限り握手はしないほうがいいような気がします。
 東南アジアの諸国はほとんどが西洋諸国に統治された経験があり、西洋式のマナーが浸透している一方、それぞれの文化も生きています。マナー本に頼るのではなく、ケースバイケース、どうやったら礼を失せず、心が伝わるか、そして美しく見えるか考えて行動することも必要です。
河口容子