2007年 7月 5日号「アセアン発の美と健康」に登場したシンガポールのクライアントが今度は食品見本市に出展するために来日しました。東京は秋たけなわ、外国人にとってべストシーズンです。今回は男性と女性の管理職の来日で、前回時間の都合でお流れとなってしまった銀座でのディナーが実現しました。もともとはフランス料理の予定だったのですが、女性の管理職のために和食のお店も探し、来日前に両方のお店のホームページを見せて選んでもらうこととしました。
女性の管理職Mさんとは初対面です。私はビジネスウーマンと初めて会う時はなるべく色を控えめにしたスーツで相手を華やかに見せるよう心がけています。逆に男性とご一緒するときは「ドブネズミ・ルックのおばさん」はお嫌だと思うので少し華やかな色やアクセサリーを身につけるようにしています。相手の業種によっても着るものは変えるのが会社員時代からの習慣です。私にとって商談時の服装は自分のために着るのではなく、相手のために着るのです。
この日のMさんの装いは白のスーツにミントグリーンと白の細いボーダーのカットソーが長身に映え、南国の人らしいさわやかさにあふれていました。一方、男性管理職のPさんは2007年 7月12日号の「ギフトは心の鏡」で触れたネクタイをきちんとしめてきてくれました。気配り名人の彼のことゆえ、おそらく差し上げたネクタイをしめて来るだろうと予想しましたが、気に入ってくれたのか、もうかなりくたびれた感じです。
行先はフランス料理に落ち着いたのですが、Mさんによれば「シンガポールには日本料理屋がたくさんあってお値段も高くはないけれど、フランス料理はとても高くフォーマルすぎてあまり行かないから。」というのが理由のようです。Mさんに日本に来たことがあるのかとたずねたところ、「10年前に来ました。」「それではまだ赤ちゃんだったのではないですか」と冗談で言う私に「いくら何でもそんな事はないですよ。」とうれしそうにニヤリ。「東京はとても好きです。きれいですもの。」「きれいって何がですか?」「いろいろな建物があるでしょう?シンガポールなんてオフィス・ビルはみんな同じよ。」彼女が建築に興味があって良かったと内心ほっとしました。実はこのレストランは内装でも有名なのです。「東京の人は洋服のコーディネートが上手ですよね。シンガポール人なんてその辺にあるものを適当に着ているだけですもの。」「それはきっと暑いからでしょう?」「エアコンの中では結構きちんと着ようと思えば着れるのに怠け者よ。」
彼女はお土産に傘を買って帰るのだと言います。「私の香港のビジネス・パートナーはお金持ちですが、奥さんに2本も日本の傘を買って帰りました。デザイナー・ブランドの傘がこんなに揃っているのは日本しかありませんよ。」「だから高いのね。今日デパートで見たら私のほしいのは2万円くらいしたのでもうびっくりしました。でも買うわ。」
その後、話はPさんの次の出張先のニューヨークへと移り、世界の大都市の物価の比較になりました。秋の夜長をこうしてまだ若い国際人たちと過ごすのは楽しくいくら時間があっても足りません。「今度シンガポールに来られたときはいつも僕たちがお世話になっているお返しをしますよ。シンガポールじゅうの良い所を全部見せてさしあげますから。」とPさん。彼らの企業は 130年の歴史と数々の賞を誇るシンガポールの上場企業です。従業員は1000人以上おり、多国籍にビジネスを展開しています。彼らのたゆまぬ努力、人への優しさ、礼儀正しさ、思えばこれらは日本人の長所であったはずです。国際競争力ランキングで日本がシンガポールに負けるのも仕方ないとふと思えた帰り道でした。
河口容子
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アセアン諸国からの輸入品の代表選手のひとつが食品です。たとえば魚介類は中国からの輸入金額とほぼ同じです。野菜は圧倒的に中国からの輸入が多いものの、果物はアセアン諸国からのほうがはるかに多く、私たちの食生活を彩りあるものにしてくれています。今年もアセアンの食品展のシーズンがやって来ました。残念ながら今回はミャンマーからの出展がありませんでした。昨年は酢、キャンディー、ソバ焼酎、緑茶などが展示されていたのに残念な限りです。このイベントのための準備は数ケ月前に始まっていますので、日本では軍事政権に反対するデモがいきなり起きたかのように報道されていますが、実はその頃から不穏な動きがあったのではないかと想像しました。
ここ数年展示されるものを見ていて気づくのは原材料に近いものからどんどん加工度の高いものに変化していることです。また、パッケージや容器の精度やデザインもどんどん向上しています。会場でマレーシアの貿易開発公社の東京事務所長(マレーシア人女性)とお会いし、着任されたばかりなのでご挨拶をさせていただきましたが、 100円ショップなどからアセアンのビスケットやチョコレート製品への期待が高いそうです。
カンボジアの製品で目にとまったのは、月餅用のアズキや蓮の実のあん。昨年 9月の末に中国とベトナムに出張しましたが、仲秋節でいたるところに月餅のコーナーがありました。最近、ベトナムに駐在したての方にお聞きしたところベトナムでは仲秋節には親しい人に月餅を送るのが習慣で取引先に月餅を配るのに1週間を費やしたそうです。これでやっと月餅コーナーがあちこちにある理由が判明しました。
タイの製品ではドライ・フルーツやナッツなどをチョコレートでコーティングしたお菓子。 7-8種類のフレーバーがあり、ちょっとしたギフトに好適なパッケージに入っていて花をモチーフにしたデザインがとても美しくヨーロッパ諸国にも輸出されていると聞きます。似たようなコンセプトのお菓子をイギリス製で見たことがありますが、パッケージデザインはタイのほうがはるかに素晴らしいと思いました。そして「天然」が売り物のジュースにボドルデザインがこれまた素晴らしいものがありました。タイは工業デザイン面では非常にすぐれた国です。
フィリピンの製品ではココナツ酢でトウガラシの入っているものがあり、びんの口にトウガラシがぷかぷか浮いており、入れたら自然にそうなったのでしょうが、あたかも計算されたような美しさを感じました。
私のシンガポールのクライアント、漢方薬の老舗も出展しています。肉骨茶(バクッテ)という伝統的なハーブとスパイスからできているもので、肉の煮込み用に使います。燕の巣もあります。燕の巣はマレーシア、インドネシア、ベトナムでしか採取されません。竹取物語でかぐや姫が求婚者の貴人たちにつきつける難問のひとつに「燕の持っている子安貝」というのがありますが、実は竹取物語のルーツはベトナムにあります。日本はアジアの端に位置し、各国から文化を取り入れ独自の文化に熟成させていったのだろうと思いますが、その一例が世界一豊かな食文化でしょう。
河口容子