[187]続 名刺の文化

 シンガポールのリサーチ・コンサルタント会社の日本オフィスをお引き受けすることになったのは前にも何度か書きましたが、香港企業の日本オフィスに次いで大袈裟に言えば第三の起業、何かと一からやらねばならない事があります。今回はセールス・プロモーションを始めた段階で想像以上に反応がよく、会社案内や和文ホームページがあとから追いつくといった感じで一番後回しになったのが自分の名刺でした。今はデジタル・データさえあれば、名刺は簡単に作れます。ところがシンガポールで使っている名刺は地色がエンジ色で名前はクリーム色で浮き上がっており、エンブレム調のロゴマークは黄色という濃厚な感じのデザインで、これには頭をかかえてしまいました。
公的機関や上場企業のメーカーに持って行くにはこの名刺はちょっと抵抗があります。かなり前のエッセイになりますが、2001年 1月 5日号「名刺の文化」で触れたように、日本では名刺は「人」そのものです。極端に好き嫌いが出るような色使いやデザインは極力避けねばなりません。業種的にも知的で上品な感じにまとめるべきだと判断しました。白地に黒の文字に変え、コーポレートカラーのエンジ色は社名と下のほうにある帯に使い、ロゴマークは少し色調の違う黄色でほのかに目立つ感じにとジャパン・ヴァージョンを作ったのです。いわばサッカーのホームとアウェイのユニフォームみたいなもので、「こっちのほうがクール(カッコ良い)じゃない?」とシンガポールに問い合わせたところ「イッツ・クール!」と返事が来ました。どうも海外の名刺はだんだん宣伝カードのように目立つか、デザインとしての完成度を追うようになっているようです。
 以前、中国の企業経営者であり、全人代代表(国会議員)をされている方の名刺をいただきました。見開きになっていて表紙には大きく「全人代代表」と書いてあります。表紙をあけると顔写真までついているではないですか。その下に役職が列記されているというデザインでした。表紙には一切連絡先が明記されていませんので、いいただいた側としては非常に使い勝手が悪いものです。名刺というよりプチ履歴書をもらったような感じです。
 私の香港のビジネス・パートナーも最近この見開きタイプの名刺を持っています。いろいろな事業をやっていますので普通の名刺では書ききれないというのもよくわかりますが、ひょっとして中国では見開き名刺がステータス・シンボルとなっているのかも知れません。日本の場合は、いくつも肩書きを持っている人は何枚も名刺を持っていて臨機応変に使い分けますが、このほうが「どこの誰」と話しているのか明確になり、また余計な詮索や勘違いをされなくて私は好きですが、持ち歩く際には不便です。
 私もこの香港の会社の名刺(見開きではなく 1枚の表裏の名刺ですが)を持っていますが、こちらはアクセントに群青色とオレンジが使われており、香港人の好む色合いです。広東語表記のため繁体字(香港や台湾で使われている日本の旧字に近い漢字)で日本の印刷屋さんにはご迷惑をおかけしました。
自分自身の会社の名刺は、創業以来自分で名刺のデザインを選べること自体がうれしくていろいろなデザインに挑戦してみました。国内外の政府機関の仕事が増えるようになってからはごくシンプルなものに落ち着いています。唯一のこだわりは地色を「さくら色」にしていることです。淡いベージュに近いピンクでけばけばしさはありません。どのように保存されてもすぐ見つけることができますし、女性的な優しいイメージ、日本を代表する花「さくら」の名前がついた色だからです。こういう細かいこだわりには自分の中にある「日本人」を強く感じます。
河口容子
過去記事(2001.01.05)名刺の文化

[185]言語の話

 香港のビジネスパートナーと大阪から東京へ向かう新幹線の中では、通路を隔てた隣に韓国人のビジネスマンとビジネスウーマンが乗っていました。携帯に電話がかかれば、器用に韓国語と日本語を使いわけ、レポート用紙には英語がぎっしり書き込まれていました。私はビジネスパートナーに「韓国語では漢字1字に1音しかないけれど、どうして日本語にはたくさん音があるのでしょうね。」と言いました。こんな風に私たちはよく言語の違いについて話をします。「韓国は中国の影響を古くから受けているからそのルールを守っているのさ。日本の場合は中国から借りてきた言葉もあるし、固有の言語を漢字の意味で当てたり、音で当てたりと複雑な変化をしたのだと思う。」「日本人は何でも複雑にするのが好きですからね。」「僕は日本語がどうして必ず後に母音がつく発音になったのか絶対解き明かしたい。」「イタリア語に似ていますよね。日本人は本当はイタリア人なんですよ。きっと。」
 「あなたみたいに聞きながら言葉を覚えるなんて信じられない。僕はまず文法を勉強してからでないと。」ビジネスパートナーは広東語、英語、北京語をまったく同じレベルで操りますが、日本へは何十回、いや百回以上は来ているのに「こんにちは」「ありがとう」すら言ったことがありません。大阪のある会社ではオーナーの奥様が中国の方で、彼は北京語で商談をしていました。途中で、私のほうに向き直り英語で説明しようとしました。「わかってます。」と北京語で答えると皆が爆笑しました。いくらでいくつと言った繰り返しがほとんどですから普段は使わなくても聞いているうちに慣れてしまいます。
 タイの方とベトナムの方の英語が聞きづらいことがあります。これはこれらの言語は中国と同じ音調言語で、同音を調子によって違う意味に使いわけ、しかも一語が一音節です。母語の調子を英語に持ち込み、音節ごとにぷっつんぷっつんと発音されたら聞きづらくなるのも致し方ありません。不思議なものでこの理由がわかっただけで彼ら特有の英語が聞きやすくなったのです。
 一方、インドネシアの方の英語は聞きやすく、理由は元オランダ領でオランダ語の影響を受けています。ドイツ語とオランダ語は親戚みたいなものですからドイツ語を履修したことのある私には発音の法則性などがわかるからです。
 その点、日本語というのは上記の言語とはまったくタイプの違う言語です。同音異義の言葉は多々あり、また立て板に水のように話されるとどこが区切り目かすらわからない場合があります。聞きながら頭の中で書き言葉に変換しながら理解し、また文末の結果までを推測しているような気がします。外国人で日本語を学習する人は読み書きまでできないと理解度のレベルはかなり低くなるような気がします。こういう言語的特性から逆に日本人が英語を学ぶ際に読み書きが重視されたと私は勝手に推測しています。
 起業後しばらくたってこのメルマガをスタートしましたが、もう 5年半になります。唯一の自慢は毎週欠かさず書いていることです。会社員の頃は出張報告、営業週報などと嫌でも他人に見せるために時間の制約がある中で作文をしなければなりませんでしたが、自分が社長になってしまうとメモ程度ですんでしまいます。また、職業柄英語でのコミュニケーションが圧倒的に多く、そのうち日本語で一定量の文章が書けなくなってしまうのではないかという危惧があり、どんなに忙しくても具合が悪くても毎週きちんと書くようにしています。おかげさまで総配信数は30数万を越え、ホームページへ直接お越しになった方も入れればちょっとした自治体の人口です。少なくともブルネイの人口は超えました。この場を借りてご購読の御礼を申し上げます。また、ホームページとブログサイトを一体化してリニューアルをしましたのでhttp://www.tamagoya.ne.jp/mm/yoko2/b/へもぜひお立ち寄りください。
河口容子