[309]晋江への旅(3)男は酒飲み、女は美人

晋江でのファッション・ショーのために用意したデザイン画の出来栄えには日本人の感覚としては自信があるものの中国の方たちがどのように受け止めてくれるのか不安でした。過去に日本企画のアパレルを香港や上海に輸出していましたので大都市の傾向はわかるのですが、この W社は地方都市に強いと聞いていたので手探りでの挑戦でした。2008年 6月19日号「夢への挑戦」で書いたように中国でのデザイン・ビジネスはここ数年来の私の夢でもありました。「小さな一歩かも知れませんが私の夢をかなえてくれた W社に感謝いたします。」と私はステージの上からスピーチを行いました。そして、「日中のビジネス交流のみでなく文化交流事業として、日本の若手デザイナーが W社の発展を支え、また日本の若手デザイナーの世界最大の市場への登竜門としてこのイベントを続けていただきたい」ことをお願いしました。演壇の横に出ておじぎをする私に惜しみない拍手が降り注がれました。
総合商社からコンサルタントへ、いずれも黒子の世界ですからこうやって表舞台でたくさんの方から拍手をいただくことはめったにありません。多くの方に喜んでいただける仕事をする、これは今まで私の生命を支えてきてくださった方々への間接的な恩返しでもあります。1
ショーの後、宴会場の入口周辺で飲み物が配られ始めると英国人の金融コンサルタントや中国系カナダ人の銀行家が「とても良かったよ」と握手をしに歩み寄ってくれました。 C総経理も「成功です。私たちこそ夢をかなえるのに尽力していただいたことを感謝します。」とおっしゃってくださいました。日本デザインを着用したモデル二人も会場に残り、そこには一緒に写真を撮ろうとする参加者が殺到しました。壁面には入選作のオリジナル・デザイン画とデザイナーの写真が貼り出されてあります。それを 1点 1点楽しそうにながめる人、「これが好き」などとわいわい仲間とはしゃぐ人、人、人。彼らをスクリーンに映し出される日本の若手デザイナーたちがやさしく微笑んで見ています。
実は2008年 9月25日号「晋江の旅(1)」のサイコロ・ゲームを仕切っていたこわい顔の小柄なおじさん H氏(天津の問屋のボスです)を初日にしてムード・メーカーかつキー・パーソンと見抜いた私は朝から顔をあわせるごとに「ニイハオ」とご挨拶攻撃。この人に嫌われると台無しという直感がしたのでしょう。功を奏してか H氏もグラスを片手に周囲に聞こえるように「良かったよ、あれは売れるね。」
この夜の宴会はまたもや中華ですが、昨夜より人数が増えたので 3テーブルとなりました。私たちのテーブルは英国人、カナダ人、香港人だけ。香港の金融コンサルタントが「CCTV(中央電視台―国営放送)4(チャンネル)チームだね。わかります?」と言いました。「英語放送のことでしょう?見ました。」と私。私たちのテーブルは英語。他のテーブルは北京語や福建のお国言葉が飛び交っているようでした。
他のテーブルから誰かが乾杯にやってくると皆起立してそのたびに乾杯、自分たちからもグラスを持って他テーブルへ乾杯に行きます。「これでは血圧の不安定な人なら倒れるかも知れないわ。」と隣に座った香港人女性に話しかけると「中国で成功する条件として男性はお酒がたくさん飲めること、女性は美人と言いますよ。」「じゃあ、あなたは十分すぎるじゃないの。」「いえいえ、あなたほどでは。」と女性どうしでエール。
日本人男性の 9割以上は私のことが苦手か嫌いです。小うるさい、仕事中毒、こわいもの知らず、それを通り越して「脅威」という人までいます。「仕事に厳しすぎる」と上司にまでぼやかれたほどです。ところが、中国人から見ると美人に見えるらしく、まさに捨てる神あれば、拾う神ありです。女性に気分良く仕事をさせて自分も恩恵にあずかろうという点では中国人男性は日本人男性より何枚も上手と感じる瞬間です。いつも私の周辺にいる香港の男性群に北京からの来賓の国際弁護士、神舟ロケットの関係者、日本語の片言を並べてはすり寄って来る台湾人のお兄さん。中国系カナダ人の銀行家の「この後ドバイへ行くから一緒に来ませんか」を 2日間断り続けました。 C総経理は「ありがとうございました。」を繰り返し、握手した私の手をじっと握っていました。広報の写真班はもういないのに。あれほどこわそうだった天津の Hさんもホテルの玄関に立っている所を「イー、アル、サン」と声をかけて写真を撮ると初めて照れくさそうに笑ってくれました。
夜遅くホテルのすぐそばの水辺(晋江の支流でしょうか)から次々と花火が上がりました。ちょうど15年ほど前の同じ季節にコペンハーゲンでチボリ公園の冬の閉園を告げる花火をこうやってホテルの窓からぼんやりと眺めていたのを思いだしました。晋江の花火は何の目的だったのか聞くのを忘れてしまいましたが、ファッション・ショーの成功を華やかに彩る思い出として心の中のアルバムにずっと残り続けることでしょう。
河口容子