[339]セミナーは「気づき」の場所

 先週号の最後に書いた香港の新会社のメンバーとは今年の春に黒龍江省のハルピンでセミナーを開く計画をたてていました。ハルピンは寒いのでなるべく遅いほうがいいと願っているうちにどんどん延期になってしまいました。そのうち彼らが立ち上げた会社のパートナーとなり、新会社とは別に 6月には東京でセミナーを行うことになり、一方香港側は中国の 4大銀行の一行を対象に「投資銀行業務と M&Aのケーススタディ」という大規模な研修業務の仕事が出てきたようです。いよいよ香港の C氏の金融のプロとしての出番です。彼は中国でもトップの清華大学の准教授であり、香港大学の講師でもあります。こんな訳でハルピン行きはしばらくお預けです。
 「演壇に立つのは緊張しませんか」とよく聞かれるのですが、私はたくさん聴講者が来てくださるほどやる気になるタイプです。大学の専攻は教育学で教育方法学とカリキュラムが専門だったからかも知れません。仕事を大系化、理論化するのが上手と言われるのもどうやら教育学のおかげのようです。教育学は理論のみで成り立たず、経験の理論化だからです。いかに教えるかは結果の裏読みと言いましょうか、覚えてもらうことをどう理解してもらうかスケジュールをたてて準備する事でプロジェクト管理に非常に似た工程です。しかも相手の理解度や性格まで読み取って工夫しますのでこういう観察力や洞察力もビジネスでは交渉やリスク・マネジメントに役立っている気がします。
 海外ではマレーシア、ブルネイ、ベトナムでいずれも政府機関主催のセミナーで講演を行った経験がありますが、日本と比べて圧倒的に違うのは聴講者が非常に熱心な事です。マレーシアではランチタイムに聴講者が一斉に私の隣に座ろうとしたためパニックになり、事務局の職員が私のまわりを取り囲んで立ち入り禁止地域を作ったほどです。質問の時間になると挙手の波で私は演壇から降りマイクを持って走り回って回答をした思い出があります。ブルネイでもグループ・ディスカッションでは遅くまで残って討論する姿が見られましたし、ベトナムでは女性の政府職員が感動して泣いてしまったこともありました。
 セミナーには不特定多数の方が来られますので、講師側からすれば全員のニーズを満たすことは非常にむずかしい事です。2007年12月 6日号「ベトナムで教える、ベトナムで学ぶ」の最後に出てくる竹細工の工場のオーナーは私のセミナーで「品質」というキーワードに触発され、 ISO9001を取得したことからベトナムで最大の竹細工の工場になりました。こういう「気づき」ができる方は素晴らしいと思います。
 日本では民間企業がビジネスとして行っているものも含めセミナーがあまりにも多すぎ、新鮮味が薄れているような気がします。私も情報収集と自分が講演を行う時の参考にと、よくセミナーを聴講します。不快なのは、名前だけ有名で内容もお粗末かつ誠意のない講師、自慢話や昔話の多い講師、パワーポイントや資料など一切準備しない講師、専門分野の詳細を喜々として延々と話す講師、時間オーバーでも一切気にしない講師、などです。彼らは反面教師として私が演壇に立つ時の参考になるので感謝することにしています。聴講する側も暇つぶしや社命で仕方なく来ているのか居眠りが目立ちます。あるセミナーでは講演が始まる前から大いびきで寝ている中高年男性がおり、起きていたのは何と休憩時間だけで短時間のうちにちゃっかりコーヒーを飲み、また大いびき。アジアのセミナー会場ではまったく見ることのできない風景でした。
河口容子
【関連記事】
[338]ゼネラリストというスペシャリスト
[266]ベトナムで教える、ベトナムで学ぶ
[071]ブルネイ特集 祈りとセレブな日々
[2002.03.28]アセアンの国から~1~

[265]すべてはこの日のために

 ベトナムのハノイでの講演を終え、日本に戻って来ました。 5月に胆嚢の摘出手術をしてから初めての海外出張です。脂肪分摂取のコントロールと時々おこす胆石発作からは解放されたものの、小さいとはいえひとつの臓器がなくなるということは想像以上に問題がありました。消化が追いつかずすぐおなかをこわしてしまう、疲れやすい、胸にぽっかりと穴があいたような喪失感、 8月は猛暑のというのに 1月も風邪が治らず胸膜痛と戦わねばなりませんでした。 1食分を 1日でやっと食べられるかどうかという食欲の低下、人間というのは不思議なもので食べられないとうつ状態になって来るというのを初めて経験しました。
 そのような中、ひとつの目標はベトナムでの講演でした。 1年前にお約束した仕事ですし、楽しみに待っていてくださる方々の顔を一人一人思い浮かべるとどんな事があっても行かなければならないと思いました。こんな体では行けないと寝る前に 20-30分間エクササイズを始め、たとえ夜中の 2時でも 3時でも毎日続けました。おかげで10月の終わりの術後 6ケ月検診では非常に良い検査数値が並びました。術後 2週間の検査では数値がめちゃくちゃで主治医もかなり心配したくらいですから、私のベトナムへ行きたいという熱意が神様に届いたのかも知れません。
 上記のような経緯があっただけに11月初旬ベトナム大使館でのリハーサルの前日には涙がこぼれそうでした。よくここまで回復したものです。私は2005年、2006年とベトナムの政府機関の招聘で手工芸業者のためのセミナーとコンサルティングを行なっています。私が日本市場向けのマーケティングや日本の商習慣などを担当し、もう 1人工業デザイナーの先生がデザイン面での指導を行なうというプログラムになっています。今年は新規に日本から買い付けミッションも出すことにしました。ベトナムの政府機関主催のセミナーで日本人が講演を行うのはまだ年間10名以下との事ですので私としては 3年連続で大変名誉な事と感じてもいます。
 初年度は日本のデザイン関係の財団法人がベトナム大使館との窓口業務をやってくださいましたが、昨年からは私がベトナム側と折衝、工業デザイナーの方へのお願いと現地でのアテンドとひとり何役もこなさなければなりません。おかげで出発前にはよく夢でうなされます。会社員の頃から夢でうなされるほどの仕事は必ず成功するのです。今年もこわい夢を見たし、準備も万端なので絶対大成功との確信を持って日本を後にしました。
 成田18時10分発ハノイ行き。久々の夜間飛行です。飛行機は大阪、広島、福岡、上海、広東省の上空を飛びハノイのノイバイ空港に到着します。時差が 2時間ありますので到着したのは現地時間で22時25分。政府機関の若い運転手さんが出迎えてくれました。昨年もお世話になったので互いに顔を覚えており遠くから手を振りあいました。 1年ぶりですが、なんと彼はすらすら英語が話せるようになっているではありませんか。
 ノイバイからハノイ市内へは約30km。以前は夜中にトラックやバイクがこんなにたくさん走ってはいませんでした。経済成長はうれしいけれど静かなハノイが好きだったので寂しい気持ちもしました。車はリートゥオンキエット通りにあるホテルへ。大使館の多いこの周辺はさすがに車や人通りはまばらです。いよいよ翌日はセミナーです。
河口容子
【関連記事】
[215]カワグチ、ゴールキーパー
[214]千年を越える思い
[213]急遽APECのハノイへ
[157]ベトナム特集3 バッチャン焼のふるさとへ
[156]ベトナム特集2 堅実さと優雅さと
[155]ベトナム特集1 ハノイの夜の散歩