[165]競争社会

 東欧が自由主義経済になった頃、総合商社にいた私はチェコとハンガリーから家庭雑貨を輸入していたことがあります。チェコからはクリスタルのカットガラス製品を扱いましたが、社会主義時代には日本向けはある専門商社が独占的に取り扱っており高級品の代名詞のようなものでした。自由化とともに誰でも輸入できるようになったのですが、かなり面白い経験をしました。私の取引していたのはカット工場ですが、カットする前のガラス製品はまだ割当制で毎月どんなガラス製品が来るか来るまでわからないのです。「何を何個と発注してくれても作業中に割れることもあり、発注どおりにそろえられるかどうかわからない。金額の枠を決めてくれれば適当に見つくろって送ってあげる。その方があなたも楽でしょう。」というような言い方です。「日本の住宅事情を考えると大型のものは売れにくいし、日本人の好むデザインとそうでないものがあるから選択は必要だ。」と言うと「お金を持っているのならつべこべ言わずに買えばいいのに。」と言いたげな様子でした。また、「運賃を節約するために大量に出荷できないか。」と聞けば、「今の量で皆残業もせずに社員が十分に平穏な暮らしを送ることができるのだから、あくせく残業までして稼ぐ必要はない。」この一言にはあきれたと同時にひょっとして彼らのほうが日本人より豊かなのではないかと思いました。一方、日本では輸入業者間の競争でカットガラス製品はあっという間に値崩れ、儲からないので撤退が相次ぎました。
 これと同じ現象が中国段通(だんつう、じゅうたんのこと)にも起こりました。以前、中国段通は玄関の敷物として一家の自慢する高級品でした。これも指定商社制がなくなると、一斉に値崩れが起こりました。上のチェコの例はヨーロッパ的気質を感じさせますが、中国人は薄利多売が得意です。これは人口が多く、人件費が安いので今でも脈脈と生きている論理です。おまけにその頃の中国製品は安かろう、悪かろう、とにかくお金になれば手段を選ばずの時代でもありましたので、段通の品質も価格もあれよあれよという間に落ちていきました。買い手側の日本人も気にいらなければその工場を切り捨て次を探すという按配で、こういう競争の形態に入れば、日中双方ビジネスとしても感情的にも長続きせず、段通も商品価値を落とし最悪の結果となりました。
 これらが統制経済から自由競争時代に入ったときに起こったことです。今の日本も本当の意味ではやっと自由競争時代に入ったとも言えます。どちらかというと上の中国パターンに似てはいないでしょうか。企業も個人も二極分化が見られるようになりました。競争原理がはたらいて、より良い商品やサービスがリーズナブルな価格で提供されるのは素晴らしいことです。一方、努力できない、能力がないところが淘汰されていくのは仕方ないでしょう。ところが、競争社会には耐震強度偽装問題に象徴されるようにお金になれば手段を選ばずという企業や個人も出てくることは否定できません。自由競争の前提として誰もがチャレンジできる機会を公平に与えること、公正さが維持されることです。これなら、その結果に差が出ても誰もが納得できるはずです。
 私が起業をした2000年はITを始めとする起業ブームでした。あの頃は知らない人どうしでも一緒に仕事をしよう、会ってみようという自由な空気があった気がします。今は取引先が取引先を紹介してくれる、つまり実績や人脈がものを言う時代に変わってきています。ビジネスをとりまく犯罪が急増し、警戒心が生まれたとも言えますが、これでは能力があっても新規にビジネスを始める人にとってはチャンスがないわけで起業はできても長続きしない原因のひとつになっていると思います。
河口容子

[161]中国生産の落とし穴

 私の会社では香港のビジネス・パートナーと一緒に日本製の消費財を香港・中国本土市場で小売や卸売をするという事業を 3年半近くやっています。もっとも日本製といっても最近は中国で製造されているものが多く、当初は「メイド・イン・ジャパン」にこだわっていたのを最近はジャパン・ブランド、ジャパン・クォリティ」の中国製を対象とするという方針に切り替えつつあります。日本ブランドを製造している中国工場から直接出荷してもらえば、時間もコストも節約できるからです。また、日本の企業にとっても輸入をする場合は発注ロットが大きく、単価は安くても、どうしても一部在庫として残ってしまわざるを得ない、その部分を最初から中国で引き取ってもらえれば、リスクの軽減にもつながります。
 ところが、この提案を取引先にさせていただくと、一致して「総論賛成」、実は「実施不可能」という結果が大変多いのです。理由は、特に中小企業の場合、中国生産といっても自社工場を持っているわけではなく、間に商社などの中間業種が入っているケースがほとんどだからです。工場がどのように運営され、出荷されているのかわからないのです。中には貿易手続きはもちろんのこと、為替リスクや不良品などはすべて中間業種持ち、つまり輸入製品を扱っているとはいえ、輸入に関する知識も一切ない、という企業がたくさんあります。はなはだしきは、この中間業種のご機嫌を損ねると年に一度の工場見学すら連れて行ってもらえないという話も聞きました。
 香港のビジネス・パートナーに言わせれば、こうした中国の契約工場は最低2?3%過剰生産を行ない、中国市場に横流しをして利益を得るのが「常識」だそうです。こうした横流し品あるいは模倣品が、正規品を扱っている香港パートナーのところにまで堂々と売り込まれてくるのが中国の特徴です。「こちらのほうが安いからもっと儲かるのになぜ買わないのか。」といった按配です。あるときは類似品を出しているのは、正規品の欧米向け輸出総代理店となっている日本の総合商社の中国法人だったこともあり、日本人も中国市場をどさくさに紛れて悪利用していることがわかります。中には契約工場がわがもののごとく日本の商標登録をしてしまうケースもあります。
 日本企業としては、コストダウンのために中国製造をきめ、日本市場しか見て来なかったためにまわってきたツケとしか言い様がなく、そろそろ中国市場に進出をと考えたころには、模倣品が氾濫している、商標登録まで他社が持っている、という事態に直面します。低価格の類似品が中国から還流してきて国内市場も失い倒産した企業もあります。
 元の更なる切り上げはあり得る事ですし、中国の人件費も昔ほど安くはありません、「低コスト」だけを手放しで喜べません。また、日本市場も景気復活の兆しが報道されるものの、二極分化により市場構造が変わりつつあります。新たな市場として魅力が出てきた中国を開拓すること、知的所有権を守ることなど攻守のバランス、複眼的思考がこれからの日本企業には必要だと思います。
河口容子
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