[087]ビジネス・スキーム

 世の中には「貿易なんて面白そう」「貿易なんて簡単」といとも簡単にビジネスを始める方がたくさんいらっしゃいます。確かに外国やその文化、製品に興味がある人にとっては面白そうに映りますし、設備投資が不要という意味では簡単かも知れません。ところが現実はそう甘くはありません。
 一つ目の例。商社を一人で始めたが東南アジアで何が売れるか教えてほしい、輸出実務ができないので代わりにやってほしい、という相談がありました。中国や東南アジアでは日本製品が飛ぶように売れると聞いたのでそういうビジネスに興味があるというのです。聞けば特定の商品を持っているわけでもなく、確たる仕入先もなく、貿易に関する知識もまったくありません。商社なら輸入か国内商売はしているのか、とたずねると「まだ始めたばかりなので何も」と口ごもります。「では、あなたの機能は何で、何に対して利益を得るのですか」とたずねたところ、無言でした。起業さえすれば勝手にビジネスが転がりこんで来ると期待する人は実に多く、特に大企業の管理職をリタイアされた方によく見受けられるパターンです。退職金が入るので大船に乗った気分になるのと、また自分自身への過信もあるからです。
 二つ目の例。韓国の買い手と日本のメーカーを見つけたが、資金がないので代わりに決済してくれないか、というものです。実は私はこの日本のメーカーの行動パターンをよく知っています。韓国の買い手の条件が少しでも良ければ、どんな手を使っても直接取引を仕掛けるはずです。おとなしくしているとしたら、まったく旨味のない話なのでしょう。あるいはこの問い合わせの主は自分で決済できなければ、どちらからも手数料をもらえない状況にあるのでしょう。自分の立場と利益を確保しないでビジネスをしようとするとこんな羽目に陥ります。国内のビジネスでも同じですが、モノの流れとお金の流れをきちんと組みたてておかないと自分はいつの間にか蚊帳の外、というパターンになります。聞けばたいした金額ではありません。その程度の資金もなく、借り入れもできない見ず知らずの人の願いをかなえてあげるほど私はお人よしではありません。こういう場合、冗談半分に「あなたが私の立場だったらお願いをきいていただけますか」とよく聞くのですが「嫌だね」と異口同音に答がかえってきます。
ビジネスはまずはスキーム全体をきちんと組み立てることから始まります。一つ目の例は「ままごと」レベルにも達しません。二つ目の例は決済能力がなければ仲介手数料をいただくという手段もあるのですが、そういう場合は条件を示して事前に双方あるいは少なくとも手数料をいただく側から了解を得ておかねばなりません。
まず、自分は何の役割あるいはリスクに対して益を得るのか、そしてその利益率は妥当なものかどうか。私の経験ではどんな商品あるいは商流においても適正利潤値というのはあります。取引の流れの中で誰かが不当に利益を得ているとその分どこかへしわ寄せが来ます。そういう形態のビジネスは長続きしません。利益率は業界や商品でだいたい相場がありますが、それは多くの試行錯誤から得られた適性利潤値であると私は思っています。
先週と 2週にわたって貿易を絡めたビジネスに関する基本的な考え方を書かせていただきました。サクセス・ストーリーはマスコミで大袈裟に取り上げられますが、その裏には何倍も何十倍もの失敗者がいるわけです。これから起業をめざす方には「ゆとり」という言葉を贈りたいと思います。起業すれば山あり谷ありの道を自己責任で進んでいかねばなりません。特に不遇のときも前向きに努力できる精神的なゆとり、生活を支えられるだけの金銭的なゆとりを持って起業することが大切です。
河口容子

[086]商品が先か売り先が先か

 定年後に起業をしたいという人が約半数いるそうです。また、就職できないなら自分でビジネスをと考える若い人や終身雇用の崩壊とともに起業の道を選ぶ中高年の方も少なくはありません。人それぞれの個性があるようにいろいろな職業観、労働観があったほうがいいし、チャレンジ精神を大いに尊敬したいと私は思うのですが、最近、無謀なビジネス観の持ち主を散見します。いずれも輸入に関してですが、今回は商品が先か、売り先が先かというテーマで書かせていただきます。
 総合商社に在籍中は新規商材や新規顧客の開拓をよく担当していましたが、商品がなければ新規顧客にアプローチはかけにくい、見込み客がないのに商品を輸入するのはこれまたリスキーです。少量のサンプルやカタログでまず商談をスタートするのが普通です。売り先もいくつか候補を準備して入念に調査をしておきます。
ところが、初心者の場合はまず商品をしっかり輸入して、それからさあどこへ売ろうかと考える人や商品さえ手当てすれば何とか商売になるだろうという呑気な人もいます。当たり前のことですが、売値と買値の差が利益となるわけですから、何を、いつ、誰から誰へ、どのように、いくらでというバランスを常に頭に入れて行動するがあります。特に輸入の場合は仕入先が海外で文化や商習慣の違うこと、輸送期間、通関、為替リスクなどといろいろな壁があります。ここで力を使い果たしてしまうと、肝心の「売り」のほうがおろそかになりがちです。損益分岐点の計算や過剰在庫処分の方法も考えておくべきです。
 小規模ながら半世紀の歴史を持つ商社の営業部長からこんな電話をいただきました。最近業績が落ち込んでいる、儲かる新しい輸入商品を探してほしい、ただし報酬は出せない、というものです。私はこの人に考え方をアドバイスしました。公共機関やインターネット上であふれる商品情報は一生かかっても探しきれないほどあります。ましてや長い歴史を持つ商社がそんなノウハウを知らないわけがありません。通常、彼らの国内の売先に信用がおけ、また良い関係を保っていれば、新規商品を探すのはさほど難しくないはずです。となれば、問題は新商品がないことではなく、その会社の方針や風土、資金繰り、人材や取引先に問題があるとしか思えません。
 儲かる輸入商品と一口に言われても、これらの状況を全部確認しない限りは的確なアドバイスはできません。日本人は情報にはお金を払いたくないと思う人はたくさんいますが、タダほどおそろしいことはない。この部長がどうせタダだからだとあちこち聞きまわっても誰も親身に考えてくれないばかりか、ガセネタをつかまされることもあるでしょう。逆に話したことをあちこちにばらまかれ「どうもあの会社は危ない」という噂が立つこともあり得ます。そういう話ほど伝達スピードは速く、会社は風聞で倒産することもあるのです。
 この例では商品か売り先かという単純な要素だけでビジネスが成り立っているわけではないということがわかります。いくら良い商品や取引先を持っていても、自分のもつ経営資源に見合ったビジネスができなければ成功は難しいものです。己を知る、問題意識を持つことも大切だと思います。
河口容子