[081]旅の安全

 読者の方は、外務省の海外安全ホームページをご覧になったことがありますか?ここでは国別に安全度が詳細に明記されています。たとえば、イラクなら「退避勧告」で、国内に滞在する人は国外に退避してください、という意味です。このレベルは戦争、内乱、感染症の蔓延などで、滞在することがきわめて危険、何かおこっても救出もむずかしい、という状態です。そのほか「渡航の延期」や「渡航の是非の検討」「十分注意」などの危険レベルがあります。たとえば、米国への渡航についてはテロ懸念があるものの何の警告も出ていません。
 同じような危険レベルであっても、先進国にくらべ途上国に対しては若干危険度のランクが上のような気がします。以前、途上国への差別だと言った方があるようですが、インフラの整備の問題などで救出がスムーズにできない可能性もあり、差別ではないと外務省が回答した、というのを何かで読んだ気がします。
多くの企業では社員の出張には、この外務省の基準を適応して出張を禁止するかどうかの判断をしているかと思います。あるいは大手の旅行代理店主催のパッケージ・ツアーは出発の是非をチェックしているはずです。万が一事故に遭った場合の責任や補償問題につながるからです。昨年のSARS禍で私が一番心配したのは長く渡航禁止の期間が続けば、中国とビジネスをしている小規模の企業など立ち行かなくなって出張してしまうのではないか、というものです。香港貿易発展局は香港と中国本土と日本の 3極でテレビ会議ができるシステムを無償で提供していましたが、これなど優れたサポートだと思いました。
最近は旅慣れた方もふえ、パッケージ・ツアーではあきたらなく、どんどん秘境のようなところへ無防備で出かけていきます。テレビの旅行番組などで若い女性のタレントなどがおしゃれな服装にきっちりメイクをして、ひとりで冒険旅行に出かけていくようなものをよく目にしますが、画面の外にはたくさんクルーがおり、現地人の通訳やガイドもおり、現地政府機関などの協力を得て撮影しているはずです。彼女でも行けるのなら私もひとりで行けると思うのは大変危険です。
自分の経験からわかるのですが、海外旅行中はかなり体力が落ちます。まず時差、温度差は物理的なストレスとなります。文化の違い、些細なことですが、チップを渡す習慣のない日本人にとってチップもかなり頭が痛い問題です。ましてや言語が通じない所だと不要な不安感やいらだちもつのります。最近は高齢者の海外旅行も多く見かけますが、日本で元気だからと過信するのも禁物です。せっかく来たのだから、あれもこれも、と欲張るのが日本人の特性です。
お出かけ前にはまず危険度のチェック、十分休息が取れるスケジュールになっているかどうか、緊急連絡先の整理などをおすすめします。また、途上国で政情不安定な国や自然災害の多い国に行かれる場合は、地元民の情報ソースが正確かつ速いということもありますので、現地に信頼できる友人知人がいればそれにこしたことはありませんが、緊急時の対処のしかたや情報の収集方法も調べておくと安心です。楽しい旅、意義ある旅はまずは安全と健康が基本です。
河口容子
【関連記事】
2002年6月20日号 女性の出張
[281]楽しい旅は余裕から

外相というお仕事

 田中外相の出現により一躍話題になったのが「外相というお仕事」についてです。外務省内の連続不祥事をめぐる人事問題については、めまぐるしく動く国際情勢の中にあって内向き過ぎるのではないか、本来やるべき事はもっとあるべきなのではないかとの批判もかなりありました。

 私は外相の仕事というのは営業の管理職や責任者と立場が似ているとふと思いました。営業という仕事は外部から利益を獲得するのが仕事です。しかし、営業で売上や利益を上げるには、サポート体制の強化が必要です。豪腕の営業マンは売上を上げるためには社内の伝票担当者や物流担当者に無理難題をふっかけ、てんてこまいさせるものの、その部署の成績はいいので皆おとなしく従わざるを得ないというのがよくあるパターンではないでしょうか。気配りのできる営業マンであるなら、社内のサポート体制を強化し、味方につけることにより、自分の営業活動をやり易くするということも考えるでしょう。そういう意味から田中外相の内部に手をつけるというのは誤った手法ではないと思いました。

 女性がトップに座ったときの問題点は豪腕で引っ張るという手法が使えないことにあります。「豪放磊落」は男性にはほめ言葉として使われますが、女性には通用しません。自分自身の経験からでもありますが、女性である以上「きめの細かさ、他人への配慮、粘り強さ」を売り物にできなければ通用しません。たたきあげの女性トップなら自ずと身につけていますが田中外相は宰相の娘という恵まれた立場に生まれたがゆえに理解しておらず、人前で部下を叱りつける、嫌味を言うなどという横暴な態度が不快感を呼んだものと思われます。

 大企業もそうであるように、男性社会というのは保守的で「今まで問題がなかったのだからやり方を変える必要性はない。」という合理主義、つまり改善されるかも知れないがリスクもあるのならやらない方がましだ、問題があれば変えればいいという発想と、「辛くても仕事なんだからやれ、自分だって大変なんだから。」という他人に対する冷たい割り切りと「まあ、そのくらい大目に見てやるよ。役得なんだから。」という寛容さがミックスしているような気がします。その辺は社会進出の歴史が浅い女性には、あるいは性差から来るものかも知れませんが、なかなか理解できない構図になっています。

 私が思うに女性の方がどんな些細なことでも向上心を持っており、他人への同情心や公平さに対する希求も男性よりは強い気がします。しかし、生真面目さだけで世の中は渡れないということを知りません。女性が男性社会で対等に働く、あるいはトップに就く場合、注意しなければいけないのは「パンドラの箱」にしないことです。やる気満々、能力もある、何か変えてやろうと禁断の箱を開けてしまうと次から次へとこの世の悪と災いが箱の中から飛び出し収拾がつかなくなってしまい、最後に希望だけが箱の中に閉じ込められたというこのギリシア神話のようにならないことを祈ります。

 経済力がある割にはなぜか国際社会で存在感を認められない日本。天然資源に乏しく、地理的にも翻弄されがちなこの島国をどうしたら上手に生かすか、思えば外相のお仕事とは国家の存亡を左右するものかも知れません。

2001.08.31

河口容子