[357]輸出戦略のススメ

この夏、香港市場にデビューさせた日本酒の蔵元が業界団体の視察で香港に行かれました。春ごろも上海に行かれたと記憶しますが、帰国後の私とのやり取りに輸出を始める際のヒントがあるように思いました。各地方を代表する日本酒は何千と銘柄があり、そのメーカーは典型的な中小企業です。また最近まで輸出とはまったくご縁のなかった業界です。私も「日本の中小企業の国際化」という視点から大変関心を持っています。
「現地業者に日本酒をどうやって販促したらよいかわからないと聞き正直驚いた」としながらも「定着していないということはまだまだ伸びる余地がある」とあくまで前向きな蔵元です。もともと需要のなかった市場への参入にはまず日本酒に対する知識や良いイメージを持ってもらうためのプロモーション活動が必要であり、それは中小 1社で短期間には行えないもの、結果として進出と撤退の繰り返しとなる可能性が高いと私は言いました。日本人は相手を新興国だからとあなどっている部分がありますが、新興国市場は他の先進国もこぞって狙っており、日本市場で新製品を投入する以上に戦略的思考と準備が必要なのです。
「業界で出て行っても話はまとまらず、 1社で根気強くしないとまとまらないと言われています。でもおっしゃるように結局は進出、撤退の繰り返しだと思います。」と蔵元。上海へは地方公共団体での後押しで行ったそうですが結局何もまとまらなかったそうです。私自身も公的機関のお仕事をさせていただく機会が多いのでよく承知していますが、日本の場合は内外での展示会、商談会、海外への視察のアレンジがほとんどで、イベントの集客数や商談件数が多ければ「事業の成功」と見做します。肝心の商談以降は介入できないという立場を取っており、いきなり「自己責任」ということになります。
そもそも展示会に出展する、あるいは商談会に参加するというのは輸出相手を見つけるひとつの手段にすぎず、一番大切なのは企業にとっての輸出戦略であり、体制整備です。私の日本のクライアントに地方都市の典型的な中小企業の雑貨メーカーがあります。もう 7年くらいのおつきあいになりますが、私が初めて同社の製品を香港へ輸出しました。それまでは年 2回出展している国際見本市に海外バイヤーが来られても名刺をいただくだけで何もフォローしていなかったのです。さっそく、相手の業態やニーズを聞き出す商談シートを和英両方表記で作成し、英語が苦手な社員でも対応できるような工夫をしました。それが今では韓国をはじめとしてアジア地域への輸出が売上の約10%を占めるようになったのです。
英文のホームページも作成しました。日本の大手企業ですら英文ホームページは日本語版をそのまま英訳したものであったり、抜粋だったりするのですが海外のバイヤー、消費者の目線からデザインも内容もまったく違うものを作ってみました。これさえあれば英文カタログを別途作成する必要もありませんし、引合や質問も画面にあるフォーマットを使って整理された形で受け取ることができます。
実はいまだに私が日本語で輸出商談を仕掛けても無反応の中小企業がかなりあります。催促してやっとしぶしぶ返事が来るものの「ありがたいお話ですがどうしていいかわかりません。」と言われたりします。国内市場が縮んでいく中、また国際化の時代に自社の製品を輸出するのは夢物語でも何でもありません。英語が不得手、貿易実務経験がない、これらは代行してくれるサービスがいくらでもあります。まずはどういう条件だったら輸出できるのか、無理のない範囲で日ごろから考えておくことです。チャンスはいつめぐってくるかわからないのですから。
河口容子

[316]粉ミルクと幻の酒

 ある日、香港のクライアントD氏が「日本の赤ちゃん用の粉ミルクの輸入総代理店になれないかな。その先は中国向けブランドのライセンス生産をしたいのだけれど。メラミン混入ミルク事件以来、日本製の粉ミルクを買いたいという人が急増して、おそらく日本の小企業や個人が小売店や問屋から買って送って来ているのだろうけれどそんな量では追いつかない。」と言いだしました。
 私は、日本は少子化で粉ミルクはマイナーな商品であること、利用者の数はわかっており一人が急に 2倍も 3倍も飲むものではないので生産調整もきちんとなされているであろうこと、原乳を供給する酪農家が減っており、また値上げもしにくい製品ゆえ政府が補助金を出している、従って急に増産ができないばかりか、日本国内でのニーズを輸入に依存せざるを得ず、輸出どころか中国のミルクの被害にあっているくらいだと返事をしました。日本の粉ミルクメーカーは皆大手企業で中国に拠点を持っていますのでビジネスになるならとうに始めているだろうし、大手企業がビジネスなり寄付なりで動いている様子もない、つまり品薄なのは誰も思いつかないのではなく、それなりの理由があるのだ、と強調しました。
 すると、D氏は中国では一人っ子政策なので子どもを大事にする、安全性の高い日本製の粉ミルクを買いたがるのになぜ売らない、となおもしつこく食い下がります。「日本製の粉ミルクを買えるのは一部のお金持ちだけでしょう。それよりも政府がきちんと管理・指導をして安全な中国産ミルクを作ることに専念するのがまっとうな考えかたではありませんか?中国の工場に日本の技術を導入するというビジネスの発想に切り替えるべきです。」
 以前にも「中国製の化粧品は信用できないから日本製など外国製を買いたい」というアンケート結果が出たのを見たことがありますが、自国製を堂々と「信用できない」という国民性にはいつもびっくりします。「日本製品は好きだけれど日本人は嫌い。」と言う人も多く、正直なのか身勝手なのかと戸惑います。
 こんな話をしているうちに日本の大手企業が中国の食の安全をビジネス・チャンスとばかりに生産、加工、物流のネットワークを作ろうと動き出しました。日本製粉ミルクも販売されるようです。何と 1缶 4,500円。中国産が 1,500円から 3,000円でこれは日本で売られている日本産とほぼ同じ価格帯で、粉ミルクは中国では案外高価な商品だということがわかります。日本メーカーとしては高級品でブランド力を高め、そのうち現地生産の普及品を作っていくのではないでしょうか。
 一方、香港の日本酒ブームはいよいよ限定酒にまで及んできました。限定生産、いわゆるレアもので、プレミアムがついて 1本何万円もするものもありますが、小売店によっては 2倍以上の値差があったりもします。開店間近の日本レストラン(香港人経営)があり、限定酒をずらりとそろえたいのだとか。日本人にとって日本酒というのはそもそもその土地を想い浮かべながら飲むもの、それができない香港人はどこに差別化を感じるのかとずっと疑問でしたが、入手しづらいから高価格、というのは確かにわかりやすい差別化ではあります。
河口容子
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