ふと気がつくと身の回りは「中国製」の商品だらけとなっています。中国が世界の工場への道を驀進する中、へそまがりの私は日本製品をせっせと香港や中国に輸出しています。いくら高度経済成長をとげたとはいえ、人口が莫大とはいえ、まだまだ経済格差があり、案外合理的な中国人のこと、日本製品が飛ぶように売れるとまではいかず、少量多品種の展開となります。商談から船積みまで、ひとりでこなせるというフットワークの軽さを生かして、一応大手総合商社がうらやむようなビジネスのクオリティを保っています。
輸出の書類作成でパッキング・リストの作成というのがあります。その資料として梱包ごとにナンバーをふり、何か入っているか出荷者たるメーカーまたは問屋にリスト・アップしてもらうのですが、これが簡単なようでなかなかできません。確かに国内の流通では明細書はあるものの、どの梱包に入っているかまで明記するケースはほとんどありません。日本では検収払いと言って、受け取り側が開梱して中身をチェックしてから支払うという方式を取って入るところが多いせいかも知れません。この小学生でもできそうな仕事をお願いすると今の日本人は絶句したり、中には怒り出す人もいます。
また、「日本円で香港から送金してもいいですか」、とたずねただけでも、「そんなことはしたことがない」と私の会社から「普通の」銀行振り込みで払ってほしいと言われます。いずれも国内取引がメインですが、そうそうたる企業にしてこのありさまです。ところが、これら企業のほとんどは輸入はやっており、きっとアジアの工場には無理難題をふっかけて質面倒くさい作業をやらせているはずです。他人には強制するくせに自分はできない、何と情けないことか。
この話を貿易に携わる何人かにしたのですが「いつの間にか日本は輸入大国になってしまった」と異口同音に答えました。日本は素材を輸入し、加工して輸出する貿易立国だったはずです。つまり国内の製造業がしっかりしていたということです。
私が総合商社に入社した時は船舶部という部署に配属されました。造船王国ニッポンの最後の時期です。私の会社は輸出船舶の取扱シェアは日本全体の半分以上ありましたから、文字通り世界一の部隊にいたわけです。大手造船所の輸出営業の部署に行けばどんな資料も見積もするすると英語で出て来ます。社内の回覧物と伝票しか日本語は見ないという毎日でした。今も輸出の比率が多いメーカーなどは同じような状況なのでしょうが、現地で生産し現地で売るというパターンの海外進出がさかんな現代ではきちんとした輸出のスキルを持っている人も減りつつあるような気がします。
また、日本の産業構造も偏っていて、輸出入ともにバランスが取れているという企業はあまりありません。従って、輸出入ともにこなせる人材はさほど多くありません。輸出と輸入は一見逆のことをすれば同じではないかと言われるかも知れませんが、輸入はいかに良い商品を確保し迅速かつ安全、安価に輸送するかが腕の見せ所であり、輸出はいかにお金を回収するか異なる気候風土、文化のもとでいかにクレームを防ぐかが決め手です。ビジネスあるいはマネージメントという観点からは異なるリスクを背負うものであることは確かです。
河口容子
[012]貿易というお仕事
私が起業した2000年の春はまだ起業ブームが続いていました。その頃、何人かの男性がご自分の起業相談にのってほしいと電話をかけて来られました。理由は今の職業では「リストラの不安がある」からというもので、貿易「なんかでも」やってみたいという主旨でした。プロとして長年この道に生きる者としては「なんかでも」と一口に言われるのは非常に心外でしたが、逆に魅力ある職業に思えるのかも知れないと気を取り直し、たずねてみると「貿易なんかやったこともないけれど、英語できないんで英会話スクールでもまず行った方がいいですかね?」と言われ、再びがっかりした記憶があります。
貿易実務そのものは世界共通のルールで動いていますので誰でも勉強すればできます。ただし、売り手、買い手、運輸業者、税関、港湾関係の作業をする会社、船会社、通関業者などいろいろな人の手を経て始めて成立する仕事だけになかなか教科書どおりにはいきません。他人の仕事への理解や配慮、コミュニケーション能力も必要です。しかも、相手は文化、習慣の異なる外国人です。また、時差の壁もつきものです。通信手段の発達で海外とのコミュニケーションは手軽で経費もかからなくなりましたが、緊急時にはやはり深夜までの残業や徹夜もあり得ます。おびただしい量の経験、それも失敗の経験がなければ間口も奥行きもあるプロの貿易人にはなれません。