定年後に起業をしたいという人が約半数いるそうです。また、就職できないなら自分でビジネスをと考える若い人や終身雇用の崩壊とともに起業の道を選ぶ中高年の方も少なくはありません。人それぞれの個性があるようにいろいろな職業観、労働観があったほうがいいし、チャレンジ精神を大いに尊敬したいと私は思うのですが、最近、無謀なビジネス観の持ち主を散見します。いずれも輸入に関してですが、今回は商品が先か、売り先が先かというテーマで書かせていただきます。
総合商社に在籍中は新規商材や新規顧客の開拓をよく担当していましたが、商品がなければ新規顧客にアプローチはかけにくい、見込み客がないのに商品を輸入するのはこれまたリスキーです。少量のサンプルやカタログでまず商談をスタートするのが普通です。売り先もいくつか候補を準備して入念に調査をしておきます。
ところが、初心者の場合はまず商品をしっかり輸入して、それからさあどこへ売ろうかと考える人や商品さえ手当てすれば何とか商売になるだろうという呑気な人もいます。当たり前のことですが、売値と買値の差が利益となるわけですから、何を、いつ、誰から誰へ、どのように、いくらでというバランスを常に頭に入れて行動するがあります。特に輸入の場合は仕入先が海外で文化や商習慣の違うこと、輸送期間、通関、為替リスクなどといろいろな壁があります。ここで力を使い果たしてしまうと、肝心の「売り」のほうがおろそかになりがちです。損益分岐点の計算や過剰在庫処分の方法も考えておくべきです。
小規模ながら半世紀の歴史を持つ商社の営業部長からこんな電話をいただきました。最近業績が落ち込んでいる、儲かる新しい輸入商品を探してほしい、ただし報酬は出せない、というものです。私はこの人に考え方をアドバイスしました。公共機関やインターネット上であふれる商品情報は一生かかっても探しきれないほどあります。ましてや長い歴史を持つ商社がそんなノウハウを知らないわけがありません。通常、彼らの国内の売先に信用がおけ、また良い関係を保っていれば、新規商品を探すのはさほど難しくないはずです。となれば、問題は新商品がないことではなく、その会社の方針や風土、資金繰り、人材や取引先に問題があるとしか思えません。
儲かる輸入商品と一口に言われても、これらの状況を全部確認しない限りは的確なアドバイスはできません。日本人は情報にはお金を払いたくないと思う人はたくさんいますが、タダほどおそろしいことはない。この部長がどうせタダだからだとあちこち聞きまわっても誰も親身に考えてくれないばかりか、ガセネタをつかまされることもあるでしょう。逆に話したことをあちこちにばらまかれ「どうもあの会社は危ない」という噂が立つこともあり得ます。そういう話ほど伝達スピードは速く、会社は風聞で倒産することもあるのです。
この例では商品か売り先かという単純な要素だけでビジネスが成り立っているわけではないということがわかります。いくら良い商品や取引先を持っていても、自分のもつ経営資源に見合ったビジネスができなければ成功は難しいものです。己を知る、問題意識を持つことも大切だと思います。
河口容子
[044]輸出立国か輸入大国か
ふと気がつくと身の回りは「中国製」の商品だらけとなっています。中国が世界の工場への道を驀進する中、へそまがりの私は日本製品をせっせと香港や中国に輸出しています。いくら高度経済成長をとげたとはいえ、人口が莫大とはいえ、まだまだ経済格差があり、案外合理的な中国人のこと、日本製品が飛ぶように売れるとまではいかず、少量多品種の展開となります。商談から船積みまで、ひとりでこなせるというフットワークの軽さを生かして、一応大手総合商社がうらやむようなビジネスのクオリティを保っています。
輸出の書類作成でパッキング・リストの作成というのがあります。その資料として梱包ごとにナンバーをふり、何か入っているか出荷者たるメーカーまたは問屋にリスト・アップしてもらうのですが、これが簡単なようでなかなかできません。確かに国内の流通では明細書はあるものの、どの梱包に入っているかまで明記するケースはほとんどありません。日本では検収払いと言って、受け取り側が開梱して中身をチェックしてから支払うという方式を取って入るところが多いせいかも知れません。この小学生でもできそうな仕事をお願いすると今の日本人は絶句したり、中には怒り出す人もいます。
また、「日本円で香港から送金してもいいですか」、とたずねただけでも、「そんなことはしたことがない」と私の会社から「普通の」銀行振り込みで払ってほしいと言われます。いずれも国内取引がメインですが、そうそうたる企業にしてこのありさまです。ところが、これら企業のほとんどは輸入はやっており、きっとアジアの工場には無理難題をふっかけて質面倒くさい作業をやらせているはずです。他人には強制するくせに自分はできない、何と情けないことか。
この話を貿易に携わる何人かにしたのですが「いつの間にか日本は輸入大国になってしまった」と異口同音に答えました。日本は素材を輸入し、加工して輸出する貿易立国だったはずです。つまり国内の製造業がしっかりしていたということです。
私が総合商社に入社した時は船舶部という部署に配属されました。造船王国ニッポンの最後の時期です。私の会社は輸出船舶の取扱シェアは日本全体の半分以上ありましたから、文字通り世界一の部隊にいたわけです。大手造船所の輸出営業の部署に行けばどんな資料も見積もするすると英語で出て来ます。社内の回覧物と伝票しか日本語は見ないという毎日でした。今も輸出の比率が多いメーカーなどは同じような状況なのでしょうが、現地で生産し現地で売るというパターンの海外進出がさかんな現代ではきちんとした輸出のスキルを持っている人も減りつつあるような気がします。
また、日本の産業構造も偏っていて、輸出入ともにバランスが取れているという企業はあまりありません。従って、輸出入ともにこなせる人材はさほど多くありません。輸出と輸入は一見逆のことをすれば同じではないかと言われるかも知れませんが、輸入はいかに良い商品を確保し迅速かつ安全、安価に輸送するかが腕の見せ所であり、輸出はいかにお金を回収するか異なる気候風土、文化のもとでいかにクレームを防ぐかが決め手です。ビジネスあるいはマネージメントという観点からは異なるリスクを背負うものであることは確かです。
河口容子