[122]船内シェフの仕事

うちの船旅、6泊7日の間、3食も出すのだからいかに飽きさせずフランス料理とその文化を楽しんでもらうように工夫するかはシェフの仕事。通常のレストランのように注文に応じて作るだけでなく、経営者のように予算、カロリーそしてバラエティーの計算もする。そして彼らの腕が私の営業活動の仕事に大きく影響する。
私には料理の三銃士がいます。お客様から頂いた鰹節や漬物で即席フレンチを作るブーちゃんことブノワ、弱冠23才で10年近くのキャリアを持つバンちゃんことシルヴァン、そしてその鋭い感性と冷静な洞察力が料理のみならずホテルバージ運営にまで注意を払うジェーシーことジャン・クリストフ。私は縁があってジェーシーと仕事をする事が多く彼から学ぶことは未曾有。
職人は技術には長けているけれど管理運営となるとさっぱりという人が多い中、ジェーシーの気質に職人と管理職の双方を感じる。確かに料理については拘りもあるようだが、顧客のニーズに合わせるという営業面も忘れてはいない。自分の味を押し付けるのではなく自分の味を様々な嗜好の人に合わせる事で進化させようとする研究熱心さがある、チャレンジ精神旺盛の人だ。


若くして修行の道に入るか、高校卒業して料理学校へというシェフが多い中、ジェーシーは大学を卒業してから料理界へ進んだという。また軍隊経験もありパラシューティストというのが変わった経歴で面白い。空から落ちて怪我をするか、キッチンで火傷をして怪我をするか、いずれにしてもリスクファクターの多いスリルとサスペンスの世界が好きな人なんだろう。
ワインは化学だとワイン専門書を読む度にそう思う。ブレンドという技術に伴い化学反応からワインの味を向上させて行く。だからこの仕組みを理解しないと上手なブレンド、栽培も難しい。料理人と経営者の関係もこれに似ている。どんなに上質のワインを造ってもそれを営業販売する力がなければ宝の持ち腐れ。どんなに美味しい料理を作ってもそれに見合う対価を払う人を募らなければ散財。
ジェーシーは自分の料理に自信を持っている、でも慢心はしない。オムレツさえもまともに作れない私の評価を素直に受け入れる。それは私が彼の料理の宣伝役であり、顧客とのパイプラインである事を知っているから。いつの日か彼が丘に上がり自分の店を開いたらそれはきっと繁栄するでしょう。ただ単に腕が良いだけでなく経営者としての先見の目が彼に備わっているから。
夢路とみこ