[77]菩提寺と過去帳
第77回
■菩提寺と過去帳
お婆ちゃんが生きていた頃、よく昔話を聞かされました。何でもうちは600年も池田村に住んでいたと云い、大網の駅から30分もかかる所にのに、他人の土地を踏まないで来た・・と云っていました。だけど、四代婿だったので全部食われてしまったと嘆いていました。
寺に建っている墓石は四基ありますが、一番右の古い墓は、没年を見ると「寛保二年」(1742年)となっています。生年を推定しますと約300年になりますから、お婆ちゃんの云っていた600年と云いますと、記録としては半分しか分かりません。
うちの菩提寺は「善勝寺」の末寺らしいので、その前の事はそちらに行けば分かるかも知れませんが、もし調べるのであれば次代に託すより仕方がないかも知れませんね。
過去帳も調べるのは大変です。私は全部書き写しては来ましたが、過去帳は殆どが「戒名」だけなんです。俗名は書いてあるものと、ないものもありますし、大抵○○の父、とか母とか子とか・・の様なもので、肝心の仏の俗名が記載されていませんし、住所もはっきりとは記載されて居ません。
ご存じとは思いますが、一般の人達には江戸時代の「武士」以外には「苗字」は無かったのです。明治八年に法律ですべての国民に「苗字」を付けなければならなくなりました。
当時は庶民には「読み書き」が出来ない人が大勢居た時代ですから、お寺のお坊さんとか、庄屋、名主とかに「苗字」をつけてくれ・・と頼む人が殺到したそうです。ですから読み方の分からない「苗字」の人も沢山いますね。
ですから古い菩提寺に行かれて、明治維新以前のお墓を見て、家紋や苗字が書かれている家は、家系が古い家柄だと思いますよ。それだけに自分の生命を授かった訳ですから、しっかりと先祖供養をしなければいけませんね。
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