[96]流しの行商(3)らお屋
第96回
■流しの行商(3)らお屋
《風鈴屋》
夏の風物詩ですね。屋台みたいな車に風鈴を沢山吊して、良い音をさせながら静かに歩いて行きます。鋳物で出来た小さな風鈴もありましたが、主流はガラスの普通の大きさの物だったです。色とりどりで、図柄もいろいろあって、いかにも涼しげでしたね。庭先に吊せば風情がありますね。
《虫籠屋》
「虫籠屋」と書きましたが、売っているのは籠だけではなく、秋の虫たちも一緒なんですが、籠付きなんてす。鳴く虫は沢山の種類があるし、虫籠も職人が特徴を付けて、手造りですからすごく凝ったものもありました。それなりに高価だったと思いますよ。子供の私なんかは駄菓子屋で売っているキビガラの虫籠が精々ですから。
虫は「リーンリーン」と澄んだ音を出す「鈴虫」が一番よかったですね。
♪ あれ松虫が 鳴いている
ちんちろ ちんちろ ちんちろりん
あれ鈴虫も 鳴きだした
りん りん りん りん りーんりん
秋の夜長を鳴き通す ああ 面白い虫の声 ♪
《チャルメラ》
チャルメラとは特別なラッパですね。支那ソバ屋が屋台を引きながら吹いてくるラッパの音です。なつかしいですねぇ。昔はらーめんなんて云いませんでした。「支那ソバ」です。僕らの年代ですと、今のらーめんよりも支那ソバと云った方が美味いように思えるから不思議ですね。実際に味を比較することは出来ませんですが、何となくです。入っているものは、薄っぺらな焼き豚1枚と、ゆで卵の半分、支那竹少しと鳴戸1枚・・・それで10銭でした。
此の何とも云えない哀愁のある音を聞くと、じっとしていられません。すり減った下駄を引っかけて屋台を追いかけます。ハチマキをしたおじさんが手際よく造って、どんぶりの端に汚い手を突っ込んで「はい!おまちどう」って出すんです。衛生が良いか悪いかなんて考えもしません。みんな美味そうにすすっています。平和だなあ・・・と思います。昭和12年頃のおはなしです。
《竿だけ屋》
大八車の荷台に竹竿を沢山積んで「竹やぁー さおだけー」と勢いの良い声で叫びながら流して来ます。子供だった私達には関係のない品物でしたから、買ったことは知りませんでしたが、お内儀さんは買っていたようです。
《らお屋》
「らおや」と云っても何のことか分からないと思いますが、要するに「キセル」の掃除屋です。リヤカーに煙突の付いたお湯を沸かして湯気を立てて、ピーッと音を鳴らしながら歩いて来ます。
その頃は殆どが「刻みたばこ」で、「キセル」で吸うのが当たり前でした。中には非常に凝った造りの高級なキセルもあったようですが、キセルのらおと云う吸い口と、たばこを詰める間の筒の部分にヤニが詰まって、たばこが不味くなるので、蒸気を通して掃除するのです。
此の掃除屋が来るまでは、和紙でこよりを自分で作って、通すのですが、真っ黒なヤニがべったりついて、掃除も結構大変なんです。親にやらされることもありましたが、あまりやりたくなかったですね。そのうちに父は紙巻きたばこの「朝日」になりましたので助かりました。
《辻占》
此の「つじうら」と云うのは良く分かりませんが、夕方暗くなる頃、何処からか「つじうら?つじうら」と言う女の子らしい声が響いてくるのです。何を売っているのか、何をするのか何も知りません。逢ったこともないのですが、なんとなくもの悲しい声でした。
本来は六道の辻占いと云うことで、運命が交差すると云われる辻や橋の袂で、街頭に立って通行人の言葉で吉凶を判断したのが始まりだったようです。
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