[060]これが日本の空洞化

 先日、繊維メーカーの営業担当者と話していたとき、日本のある縫製メーカーの話になりました。その工場には中国人女性の縫製工がたくさん働いているそうです。彼女たちは「研修」という名目で 2-3年の時限付きで日本にやって来ます。そして狭い部屋に何人かで生活をし、時には徹夜も、休日出勤もいとわず働き続けます。近所の農家から野菜をもらったりして食費も節約します。と、ここまで聞くと安い人件費で中国人女性を働かせている「女工哀史」のようですが、彼女たちの賃金は日本人とまったく同じです。日本にいる間せっせと貯金をし、故郷に帰り家を建て結婚する人もいれば、中国の工場で今度は縫製を教える立場として出世していく人もいます。日本企業としては技術をお金を払って教えているようなものです。どうしてこんな仕組みになってしまったか。日本人が働きに来ないからです。
 以前、切花の輸入をしていたことがありました。海外の珍しい花ばかりを輸入していたわけではありません。菊やカーネーションといったごくごく普通に日本にありそうな花も大量に輸入されています。日本の園芸農家のほとんどは 50-70代です。このままでいくと、あと20年もすると日本産の切花はほとんどお目にかかれなくなってしまいます。
 東京の製靴業の組合ともおつきあいがありますが、靴職人も50代は「若手」。労働力は中国人や韓国人によって支えられています。組合の掲示板にはパートも含めた求人の貼り紙がいつでもいっぱいです。靴は毎日履く必需品ですが、このままでは日本製の靴もいずれ絶滅してしまうに違いありません。


 社員が辞めてしまう、補充ができない、という理由で倒産していく中小企業、それも労働集約型産業に最近見られる現象です。付加価値をつける、差別化だと言っても中国製の商品に対し日本との高い製造コスト分の価値を認めるという商品はそうそう作れないはずです。しかも今の中国で特に軽工業製品は作れないものはほとんどないくらい技術が向上しています。正直なところ中国の進化のスピードに日本は対応できていません。
 競争力がないから、経営が悪化する、経営が悪化するから、労働条件が悪くなる、そして誰も働きに来なくなる、という悪循環が生じるのでしょうが、熟練中高年労働者の技術を生かす場所がないというのももったいないことです。また、彼らは転職するにも非常に難しい。若い世代でも手仕事をやってみたいという人や才能のある人はいるはずです。その人たちは海外で仕事をするしかなくなるのでしょうか。
 マレーシア人のビジネス・ウーマンに「日本人はどうして良い商品が作れるのか」と問われ、私は「職人芸の伝統、そしてものに魂が宿るという思想、創造する人への尊敬の念」と答えたことがあります。そして消費者もものを作るプロセスに非常に関心を持つ国民だと言えます。
 非常な勢いで生産地も市場もグローバルに拡大していく現代ですが、日本人のものづくりの精神はどこかで生かし続けていきたいものです。
河口容子
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