[113]ブルネイの甍(いらか)

 ブルネイの民家に興味を持つようになったのは今年の 1月同国にある総合商社の駐在員事務所長のお宅に招待されて以来です。自宅に工房がある企業などは訪問したことがありますが、オフィシャルなスペースで商談を行なったり、お茶やお菓子をいただくだけで日常生活を窺い知ることはできませんでした。磨かれた石や陶器タイルの床材になっていることが多く、日本のように玄関で靴を脱いでおじゃますることもありました。足の裏から伝わるその素材の冷たさが何とも心地よく、暑い国ならではの習慣だと思いました。水を流して洗い出せるのも衛生面で良いというのを誰かから聞いた覚えもあります。
 総合商社の所長や店長宅というのはどこにあろうとお客さんを招いての接待の場でもありますから一般住宅より広くて豪華というのは通り相場ですが、このブルネイの所長宅はまず玄関ホールは吹き抜けになっており、絨毯が敷かれ優美な弧を描いた広い階段が現れます。このホールだけでも十分 20-30人のビュッフェパーティはできそうです。庭にはプールが見え、そのむこうにはメイドさんたちの住む地中海風の長屋の別棟もあります。


 所長の開いたゲストブックに日付とサインをさせていただいてからリビングルームへ。逸品ものの家具の展示場のようです。聞けばこの家の持ち主はブルネイの外交官でイタリア家具のコレクターとのことです。お食事は隣のダイニングルームでこの所長宅に10年も勤務するフィリピン人の女性コックが作る懐石料理とこの世の楽園でした。この所長宅は仕事柄空港に近いところにありますが、敷地面積2000坪です。外見からはそんなに広くは見えませんでしたが、ブルネイには軒を重ねるようにして建っている住宅街などないのでそう思えたのでしょう。ブルネイでは中流でこの広さは当たり前で、お金持ちは丘の上に 6-7000坪の家に住んでいるそうです。東南アジア一の広さを持つ遊園地ジュルドン・パークのエレベーター型展望台に乗れば丘の上にちらほらと灯りのともる不思議な建物が認識できます。ウサギ小屋の国の住人からすれば公共の建物と勘違いしたのも不思議ではありません。
 先週、東京ビッグサイトで「ジャパンホーム&ビルディングショー」という建材の見本市が開催されました。人気を集めていたのはブルネイの屋根材です。ブルネイの家は広いせいもありますが、棟が入り組んで何層にもなっているような家をよく見かけます。そして色とりどりの屋根の色が熱帯雨林の景色に見事に溶け込んでいます。あの屋根を葺くのは大変だろうと内心思っていたのですが、謎がとけました。私はてっきり洋瓦だとばかり思っていたのですが、鋼板の上に何回もコーティングをして瓦のように波打たせた屋根材なのです。素材は日本の薄板をロールで輸入しているそうで、目にも鮮やかなブルー、グリーン、オレンジ、深紅など見事にお化粧されての里帰りとなりました。
 営業の責任者としばらくブルネイの話もまじえて雑談をしました。初めて来た日本が何もかも新鮮に移るようでしたが、来場者が積極的に話しかけてくれないのと、ブルネイの国を知らない人が多いのにちょっとがっかりしたようです。断食明けの休日、ハリラヤ大祭も返上しての来日でしたが、どんな成果があったのでしょうか。彼が私にメールをくれる暇もないほど引合のフォローに追われることを祈っているのですが。
河口容子