[146]フィリピンから看護師さんがやって来る

 日本とフィリピンのFTA(自由貿易協定 の中で、日本がフィリピンから看護師や介護士を受け入れることを決めました。この話は、少子・高齢化社会、日本の医療システム、外国人労働者の受け入れ、フィリピンの貧困問題、とさまざまな問題を考えさせてくれます。
 まずは長野県南相木村診療所長の色平先生のお書きになった文の一部をご本人の了承を得て引用させていただきます。
「近い将来、フィリピンから看護師や介護士が日本にやってきます。そのとき日本の医療・福祉の現場は彼女ら、彼らをうまく受け入れてケアの質を高められるでしょうか。言葉や習慣、歴史、宗教などの違い……いろんな面で、それぞれのケアの現場は試されることになるでしょう。
 最も怖れるのは、彼女たちに「仕事を奪われた」として日本人が差別的な態度をとることです。外国人労働者をたくさん受け入れている国では、そのような反発が生じているのも事実です。しかし、考えてみてください。なぜ、彼女たちは専門的な知識に加えて日本語まで身につけて、わざわざ海を渡ってくるのか。その根っこには何があるのか。それを知れば、個人を差別することがいかにおろかで情けないかがわかるはずです。
 じつは、フィリピン国内の医療をとりまく環境は、ずっと貧しいまま放置されているのです。たとえばフィリピンの乳児死亡率は日本の約十倍。結核患者は60万人もいます。看護師1人が担当する患者は 100人と、とんでもなく危険な状況です。医師を含めて医療関係者は低賃金とひどい労働を強いられています。そのキツさは日本とは比べものになりません。患者を救いたくても国にお金がなくて助けられない。早く稼ぐには外国に出るしかない。この現実が、彼女たちを海外へと向かわせるのです。
 医師のなかには米国で看護師資格をとってまで働く人が現れました。貧しさが社会全体をおおっています。フィリピン政府は、労働者を海外に送り出してお金を稼いでもらうことを国の方針とし、貧しさを乗り越えようとしています。海外労働者から母国への送金額はGNP(国内総生産)の 1割ちかくを占めています。
 看護師に限ってみると、02年度に約 1万 3千人が海外で就職しました。その受け入れ先はサウジアラビアが最も多く(50%) 、次いで英国(26%)と なっています。現在、総数で約30万人のフィリピン人看護師が海外で働いているそうです。」(後略)
 私が懸念することがいくつかあります。「研修生」として受け入れ、タダ同然の報酬で働かせるようなケースが出てこないか、あるいは正式に雇用された人であってもフィリピン人だからと低賃金で使い、他の日本人医療従事者の賃まで下がることにり、結果日本人の医療従事者が減ってしまうということです。
 次に、日本人どうしでも介護の現場でセクハラ問題が出てきています。日本で働くフィリピン人女性というとホステスやショービジネス関係者のイメージが強く、勘違いをする人や途上国から来た女性ということでセクハラ問題もふえるのではと懸念します。
 そして、言葉の問題さえなければ外国人にお世話をしてもらうのはしがらみがなくて気楽という面もあります。昔は親の介護は子どもがするものと決まっていました、そして次に介護に他人や施設の助けを借りるのが恥な時期があり、今は平気で他人頼みです。子どもが少ないから親の介護ができないのか、もう介護をしてもらえないから子どもを産まないのかわかりませんが、ますます老親を顧みない子どもがふえることは間違いないでしょう。
 タイには日本人が治療をするためのロングステイというサービスもあります。日本の病院は混んでいるので、欧米に留学した医師がおり、設備の整った良い病院で冬も暖かいところでゆっくり療養されてはどうですか、というものです。もちろんほとんどの現地の人たちはそんな高額な施設を利用することはありません。ベトナムも同様のプロジェクトを始めようとしています。自国民のために看護ができる環境にないから日本人にやって来て看護をしてお金を稼ぐ、あるいは日本人向けの立派な療養施設を作り、自国民には無用の長物、という哀しさ、悔しさを日本人も思いやる必要があるような気がします。
河口容子