[216]シンガポール企業にとっての日本

 日本電産がシンガポールの HDD(ハードディスクドライブ)の部品メーカーを買収してニュースを賑わしたのはつい最近の事です。シンガポールというと観光か金融、ないしは物流の中継地点というイメージしかなかった方には珍しい話題に思われたのではないでしょうか。実はシンガポールの HDDメーカーの団体が政府ぐるみで日本市場向けの売り込みのプロジェクトを計画していたところでした。製品を買ってもらうどころか会社ごと買われてしまい、業界内に予想外の衝撃が走ったことと想像します。
 シンガポールの企業とはあまりご縁がなかったものの、今年に入り同国のリサーチ・コンサルタント会社のジャパン・マネージャーをお引き受けしたとほぼ同時に、シンガポール国際企業庁からもプロジェクトのお手伝いを依頼されました。偶然の一致というよりも、シンガポール企業が日本市場に強い関心を持ち始めたと考えて良いのではないでしょうか。10社を超える企業トップの方とコンタクトをさせていただきましたが、英語国民であり、欧米留学者も多く、欧米戦略では成功している企業も多いので、欧米と日本のビジネス・スタイルの違いを知らずにそのままゴリ押ししようとする傾向があります。また、気候のせいか粘りがないような気もします。あるいは、小さな都市国家で、オーナー経営が多く、粘れるだけの体力を持つ企業が多くないと言えるかも知れません。日本よりはるかにグローバル化している彼らとしては、日本でのビジネスがない、というのはどうも片手落ちで何とか橋頭堡を確保したいという焦りを感じます。
 先日、六本木ヒルズでシンガポールのライフスタイルを紹介するイベントが行なわれ、その一環の行事として両国の招待客のみによるビジネス・ネットワーキング・ランチョンが六本木ヒルズクラブで開催されました。立食ですが、お料理はシンガポールからやって来たシェフが作り、ラッフルズホテルチェーンのスタッフがサービスをするという趣向を凝らしたもので、私自身はシンガポール側のゲストとして出席させていただきました。日本側のゲストにはヒルズ族をおぼしき方々もいらっしゃいましたが、シンガポール側が若くのびのびとしているのに比べ、日本側は年長者が多く、その日のお天気の冬曇にも似て「ちょっと暗めでとっつきにくい」という印象でした。
 私は子どもの頃から社交性がまったくないため、このような会合に出て行くのはかなりの勇気を要します。日本語を話さない限り、日本人と思われないという自信がありますが、シンガポール人になりすまして、結局、日本人とは一言も話さず時を過ごしました。やはり、シンガポールにもエスコートの達人がいるもので、「話に気を取られ、お皿を持ったままでいらっしゃるのに失礼いたしました。私が片付けてまいりましょう。」と手に持っていた空のお皿を見事なウォーキング姿を見せながら持って行ってくれました。おそらく社交ダンスの達人でしょう。故ダイアナ妃も顧客のひとりだったデザイナーです。
 現在は、シンガポールでもブランド価値がトップランクの上場企業の日本進出のお手伝いをさせていただいていますが、日本のビジネス風土を理解してもらうのに1ケ月以上をかけました。途中で切れてしまうのではないかとの私の心配をよそに、経営者は「こまめに状況を報告してくれる事、そして率直でオープンなコメントに感謝しています。おかげでコミュニケーションが円滑に進み、一緒に仕事をするのが楽しくて仕方ありません。」とのメールを下さいました。ありがたいことです。さすが大人物です。でも、山場はこれからです。
河口容子
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