[219]待ちわびる便り

 国際ビジネスの世界にいると12月の中旬あたりからはクリスマス休暇を取る取引先もあったりで、クリスマスカードを準備して、次に年賀状という山のようなデスクワークがありました。会社員の頃は虚礼廃止ということで会社としての年賀状はなく、日本の取引先には自前の年賀状をせっせと書いて送っていました。最近は eメールのグリーティングカードやその携帯電話版も普及し、また単に儀礼上のものなら送らなくてもといいのではないかという感覚が国際的に広がっているような気もします。
 先週号「共感のビジネス・クリエイター」の最後で触れたシンガポールの上場企業の常務に日本企業との面談日が決まったと伝えたのはクリスマスも間近だったと記憶しています。彼は11月の末から3週間休暇を取っていたため、「休暇明けの何よりのプレゼント」と言って喜んでくれました。出会ってからこの面談のセットまで実に4ケ月がたっており、彼にとっては待ちわびた知らせだったのでしょう。私自身は会社員の頃、取引を開始するのに1年かかった取引先が2社あります。こういう時の私はなぜか絶対大丈夫という自信があり、相手も根負けするほどの粘り強さを発揮します。おかげで良い商権として会社に残して出て行くことができました。それに比べると4ケ月はたいした事ではありませんが、シンガポール人にとっては大変な忍耐だったと思います。そして「準備が大変なので、あなたが年末年始ちゃんと休めると良いのですが。」と気遣ってくれました。細心にして大胆な私の性格を見透かされた感がすると同時に、この配慮が体調を崩していた私に大きな癒しを与えてくれました。
 実は私にも待ちわびている便りがあります。2006年7月27日号「マヨンの麓からの手紙」に出てくる知人からの無事の知らせです。12月1日に台風21号によりこの地域で泥流被害がおこり、 4日付のロイター電では「死者1,000人にたっするおそれ」と報じられ、その後の報道がありません。ロイターはダラガからレポートしており、知人の家はまさにそのダラガにあります。ライフラインは絶たれているというものの念のためお見舞いのメールを出しました。ずっと返事がないため、そこから車で2時間のソルソゴン市の別の知人に様子をたずねました。これも返事なし。被害は広範囲にわたっているとの事ですがアセアンの地方都市のインフラの悪さはこういう時に露呈します。
 次なる手として日本のフィリピン大使館の知人に電話をしてみました。ここも詳細情報は一切入ってこないと言います。フィリピン関連の次のニュースは「アセアンの首脳会議が台風の接近により中止」ところりと変わったのです。1,000 人もの犠牲者の懸念があり、15万戸近くが被害にあったというのにこんな事があって良いものでしょうか。まるで人命無視、地方の切捨てです。
 12月29日、ダラガの知人にメールを再送してみました。今度はレガスピ市にあるプロバイダー会社から「現在メールはつながらないが5日後に自動的に再送する」との連絡がありました。どうやらプロバイダー会社の機能は復旧したようです。あとは1日も早く本人から家族全員の無事の知らせが来るのみです。
河口容子