[333]サクラ

 「ところでサクラはどうですか?そろそろ咲く頃ではないかと思うのだけれど。恥ずかしながらまだ日本でサクラを見たことがないんです。乗り物の中から散ったのを見たのが1度あるだけ。」と香港のクライアントである D氏からメールが来ました。「うちの周辺は桜がたくさんあるんですよ。咲いたら写真を送りますから、もうちょっと待っていてくださいね。」と私。「恥ずかしながら」というあたりは「日本通」であることを強調したかったのでしょう。その実、私が覚えている限り、外国人ビジネスマンの中で「チェリー・ブロッサム」ではなく、はっきりと「サクラ」と呼んだのは彼が初めてです。
 2009年 4月 9日号「桜の季節」で触れたように日本人にとって桜は格別なものですが、外国人ビジネスマンたちも桜の咲く頃に出張をしたいという夢を持っているようです。ところが日本企業の多くは4月に新年度を迎え、組織変更や人事異動に忙しく、桜の季節に海外からの出張客を受け入れる余裕がなく、桜と外国人にまつわる思い出は案外ありません。
 一番喜んでもらったのは会社員の頃米国法人の男性スタッフが日本に研修にやって来た時、昼休みにお弁当を持って数人でお花見に行ったときの事です。「東京のど真ん中にこんなにたくさん緑と花があるなんて」と驚き、「人生で最高のもてなし」であると言ってくれました。記念に写真も撮ったのですが、今でも皆の笑顔が桜に負けないくらい輝いて見えます。
 もうひとつの思い出はこれも会社員の頃ですが、やはり米国法人の女性の部長が香港の国際会議に出席する途中東京に立ち寄り、二人で仕事が終わってからおでんを食べに行く途中見た夜桜です。散る寸前の桜でしたが彼女に見せられて良かったと言うと「これでも十分きれいだわ。桜を見ることができて良かった。ありがとう。」この2日後また二人は香港で再会し、この世の終わりかと思うほどの雷雨に見舞われました。夜桜と雷雨、この落差が忘れ難いものとなっています。
 海外で見る桜も私を元気づけてくれます。初めて海外出張したのは3月ごろで米国とイギリスへ行きました。スタート地点のニューヨークでは雪も降り、ひどい風邪をひいてしまい、頭がふらふらのまま3週間ほど地球を半周するはめになりました。途中のワシントンDCのポトマック河畔の桜はまだつぼみすらつけておらず寒さに耐えている姿は咳が止まらず夜もよく眠れない私を勇気づけてくれているかのようでした。サンフランシスコのゴールデンゲートパークでは桜が咲いており毛皮のコートを着たまま思わずホットドッグでお花見をしましたし、最後のロンドンではハイドパークを車で通りがかった際ぽつんと桜らしきものを見つけ、思いがけないプレゼントをもらったような気分になりました。そして帰国時には満開の桜が私を出迎えてくれました。
 北半球に分布するサクラは 800品種程度あるそうで、サクラという植物名はなく、古くはヤマザクラ、現在はソメイヨシノを指すそうです。ソメイヨシノは戦後たくさん植林されましたが、寿命は60年ほどと言われています。枯れて伐採される桜の古木を最近見かけるようになりました。日本人にとって春を告げる花、思い出の花を絶やしたくないものです。
河口容子
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