2007年 1月 7日号「待ちわびる便り」で書かせていただいたフィリピンのダラガ(ルソン島南部)の知人の事を覚えていらっしゃるでしょうか。昨年12月 1日の台風21号によりこの地域は泥流による大きな被害を受けました。私が出したお見舞いメールに対する返事がないので、そこから車で約 2時間のソルソゴン市にあるCさんにも問い合わせのメールを出しました。ダラガのPさんとソルソゴンのCさんはバッグの輸出メーカーで同業ですが親戚づきあいをしているからです。
まずソルソゴンのCさんから返事をもらったのは 1月 8日でした。ダラガは昨夏大噴火したマヨン火山の麓、一方ソルソゴンは海浜リゾートで被害が少ないと想像していたのですが、「心配してくださってありがとうございます。皆無事ですが、電気が使えるようになったのはちょうどクリスマスの前だったのでお返事が遅れてしまいました。Pさんや家族は大丈夫だと思いますが、連絡が取れていません。おそらく最も被害がひどい地域なのでインフラが復旧していないのでしょう。」そのあと彼女は最近海外からの注文が減っていること、他の業者も同じことを言うので中国に注文が流れているのではないか、などと仕事の話でしばらくメールのやり取りが続きました。
そして待ちに待ったPさんのメールが届いたのは 1月28日でした。台風から実に 2ケ月近くたった頃です。「メール本当にありがとうございます。ずっと返事ができなくて申し訳ありませんでした。ご存知でしょうが、ここダラガは台風により民家、工場、農地、そして人命さえも大きな損害をこうむりました。この周辺でも 500人以上が亡くなり、近隣の町ではいまだに多くの人が亡くなっています。新社屋と旧社屋が洪水にあい、原材料や完成品が被害を受けました。新しい倉庫は屋根が吹き飛ばされ、ここでも原材料や完成品が濡れてしまいました。電気も電話もずっと使えずビジネスが麻痺した状態が続いたのです。幸いにも今は復旧してこうやって連絡をすることができるようになりました。長い間ご心配をおかけしたままでごめんなさい。そして何より幸福なのは家族や私がこのような過酷な事態にもかかわらず怪我もなく無事でいることです。家族や会社のスタッフにかわり、お見舞いに対し厚く御礼を申し上げます。」数年前、東京で「歌舞伎を見たい」と言ったフィリピン・ビジネスマンたちに「歌舞伎は高いから僕がやってあげる」とその場で歌舞伎役者の真似をして皆を爆笑させた彼の姿のが頭にふと浮かびました。有能なビジネスマン、大家族の大黒柱であると同時に、常に周囲の人を楽しませる才能にもあふれたです。
「お返事をいただけたことが何よりうれしいニュースです。皆様があの災害から生きぬいてご無事なのを聞いて安堵しました。神のご加護によりオフィスやビジネスもすぐ元通りになる事でしょう。皆様健康に留意され、一刻も早く復旧されることをお祈りします。」そして、いろいろな所に問い合わせたものの詳細な情報がつかめなかった事を私は伝えました。
「相変わらず私に感動を与えてくれますね。私たちのことを大切に思い、気遣ってくれて本当にありがとうございます。私たちはいつも日本にも家族がいるような思いです。いつもいつも気遣ってくれて、あなたのような優しい友達がいる喜びを何と表現していいのか言葉がありません。そうです。こんなに暖かい家族や友人の心が支えてくれるのだから、すぐ復興しますよ。すぐ復興してみせますとも。ありがとう。ありがとう。ありがとう。イロイロ アリガトゴザイマス。」最後はローマ字の日本語で結んでありました。
人生にはいろいろ辛い、悲しい出来事があります。別に助けてくれなくてもいい、誰か励ましてくれる人がひとりでもいればどんなにうれしかっただろう、と思った事が私には何度もあります。自分の事を気にかけてくれる人がいるとわかれば頑張る勇気や希望がわいてくるからです。ところが、そんな時に限って「無視」や「拒絶」にあうのが現実で、「その人の正体見たり」と思うことしばしばです。ですから、困難に立ち向かう知人友人がいれば何の手助けもできない自分の非力さを嘆きながらもこうやって精一杯励ますことにしています。
河口容子
[221]季節はずれの誕生日プレゼント
ベトナムでセミナーを1昨年、昨年と計2回行なっていますが、帰国後しばらく気になる事があります。現地での報道状況です。ベトナムは社会主義国ですのでジャーナリストが自由に報道することはできず、ましてや政府機関が主催するセミナーですから悪く報道されることはあり得ませんが、どんな切り口でどんなメディアに出ているのか当人としては興味しんしんです。
1昨年のセミナーでは、休憩時間に2社から取材を受けました。この記事が数日後に出て、このふたつの記事が金太郎飴のように各種メディアに2ケ月くらい次々と転載されていきました。まさに洗脳するがごとくです。日本なら2ケ月もすればどんなインパクトの強いニュースも忘れ去られているでしょう。
昨年は速報が翌朝の新聞に載っており、その記事をYahoo!のシンガポールもオーストラリアも取り上げていましたのでかなり即時性は増し、ベトナムが周辺国に与える影響が増したといえます。インターネットで英文検索をして記事探しをするのですが、2006年11月30日号「千年を越える思い」で書かせていただいたように農業分野とも関連があることから、農業系のメディアにも登場するようになりました。さらにベトナムのフランス語新聞に私の名前が出ているのも発見しました。不思議なことに昨年の 8月16日付で偶然にも私の誕生日です。まさに季節はずれに(といっても気づいたのが遅かっただけなのですが)誕生日プレゼントをいただいたような気分でした。1昨年のセミナーは9月ですから1年近くもたってセミナーの記事が出るのはあまりにも変ですし、昨年のセミナーは11月で、日程すらこの記事の時点では決まっていませんでした。となると内容をどうしても確認したくなりました。
フランス語は大学時代第三外国語として履修しましたが、単語をすっかり忘れているため翻訳ソフトを使って読んでみました。案の定、思わず吹き出すような和訳がしばしば登場するものの内容を理解するには十分でした。「手工芸業者たちの挑戦」という題のこの記事は、EU、米国、日本というベトナムの3大市場への課題という秀逸なものでした。ところで「手工芸品」とは何?と日本でよく聞かれるのですが、文字通り手で作るもの、ベトナムでは竹、木、草、つるなどの加工製品、刺繍・ビーズ製品、絹製品、べっ甲・貝殻などの細工物、漆製品、銀をはじめとする金属細工製品などをさし、これらをひとまとめにした産業分類があります。日本で言うならば人間国宝級の方が作るものから素人でも見よう見まねで作れるものまでを含むまさに混沌とした世界です。
EUについては、納期、フレキシビリティ、アフターサービス、メーカーの信頼性が課題となっており、私自身は特にあとの2点については先進国が途上国に求めるには限度があるような気がしますが、逆にEUの輸入者は大手が少なく、消費者に対しそこまで保証ができないと読み取りました。
米国については、品質と手ごろな価格の実現、生産量、総販売代理店が課題となっています。おそらく大手量販店をターゲットとしているのでしょう。米国の大手量販店で扱う家庭用品ならトライアルで1億円くらいの発注は珍しくありません。手工芸品は機械生産と違い大量受注をすると納期がかかるばかりではなく、非熟練者も狩り出しての人海戦術となり品質のばらつきが出るという問題点があります。また、大口の発注を取りまとめる総販売代理店の能力も重要なポイントです。
日本については、私の名前がコメンテーターとして引用され、手工芸職人の魂を表しているような伝統的で独創性ある商品、季節需要を考慮した商品開発、少量多品種対応が課題となっています。おそらく1昨年の講演内容を再利用したものと思われます。伝統商材、芸術的な商品については日本がベトナムの輸出相手国のトップになったそうで、このくだりも嬉しい誕生日プレゼントのように思えました。
河口容子