香港のビジネスパートナーの所有する企業の中に日本の食材の輸入・卸会社があります。日本の卸売市場から魚や野菜を香港へ空輸して香港の日本食レストランに供給するのが仕事です。私自身は取引に直接関与していませんが、時々意見を求められることがあります。
「最近のニュースによれば、春節(旧正月)の休みで中国の富裕層が一家そろって日本に旅行に来て、5つ星ホテルに泊まり、買い物ざんまい、高級料理を楽しんでいるようです。事業拡大のチャンスですね。」と私が言うと「グローバリゼーションと中国経済の成長のおかげ、それに贈収賄と権力のおかげで中国の富裕層は本当に豊かだよ。これにはまったくむかつくね。若い頃、自分は自由と民主主義の推進者だと自負していたけれど、最近は格差社会に加え守銭奴のメンタリティを見せ付けられるにつけ、病気になりそうな気がする。悲しいことに僕のほうが中国共産党よりはるかに社会主義者で共産主義者じゃないかと思うことすらあるよ。」この会話は50分も続いたIP電話のチャットの一部ですが、「怒り」のエモーティコンが点滅していました。
香港パートナーは50代後半の香港生まれの香港育ちですが、両親は広東省の貧農の出身です。子どもの頃は夏休みになると両親に連れられ本土に帰ったそうですが、本土の親戚にあげるために暑いのに何枚も服を着せられて行った、という話を聞いたことがあります。苦学して香港大学を卒業、学者から投資家になりましたが、大邸宅に住んではいるものの、奥さんは高校で英語教師を続けているし、いたって堅実なライフスタイルの持ち主だけに「一気に成金主義になった最近の中国人」の変化率に驚きと落胆の色を隠せないようです。
この成金主義のおかげか、日本のお米が1,500円/kg、りんごが1個2,000円、イチゴが何と1粒 300円で売れたりする市場になっています。2005年の日本の農水産物の輸出は 3.310億円とのことですが、相手国は米国が21%、香港が20%、中国が17%と続き、香港と中国を含めたアジア諸国で75%にもなり、農水省は2013年までに総額1兆円の輸出を目標にかかげています。シンガポールでも巨峰1パックが 5,000円で売れるという話を聞いたことがありますので日本の庶民の食卓からは想像のつかないような世界です。
香港人をも含めた中国人がなぜ高くても日本の食材を買うかというと、もちろん物珍しさ、ステータス・シンボル、おいしさ、美しさというのもあるでしょうが、安全性というのもかなりのウェイトを占めています。もともと中国は医食同源のお国柄、食べ物と健康ということに非常に配慮します。少なくとも中産階級以上は安全性と栄養バランスを考えた「質」を食に求めています。
一方、日本ではメタボ対策が話題になっているにもかかわらず「大食いタレント」が続々出てくる、「話題性」や「ブランド」にふりまわさる、あるいは安全性は多少犠牲にしても経済性を優先する、外食・惣菜・ケータリングなど安易なほうへ流れる傾向が強く、「健康的な食生活」からどんどん遠ざかっていくのを危惧せざるを得ません。
河口容子
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中国は「貿易黒字削減のための輸出抑制」、「環境保護」、「ハイテク企業誘致」、「労働集約型企業の淘汰」、「高電力消費企業の退場」を促すために昨年の秋から「加工貿易禁止品目」と「増置税」に関する合計4つの通達を出しています。また、一部輸出関税の増加の通達も別途あり、さらに輸出を抑制しようとする動きもあります。ちなみに中国の2007年の貿易黒字は 2,622億米ドル(約30兆円)です。
加工貿易とは材料や部品を外国から輸入し、それらを加工して輸出するもので、材料や部品の輸入については免税輸入するのが原則です。加工貿易禁止品目でも一般貿易なら良いということですので、材料や部品輸入に関する関税を支払えばビジネスは継続できるものの当然のことながらコストは上がります。中国からの輸出については一般貿易の額よりも加工貿易の額のほうが多いので、輸出の際海外にコスト増を価格転嫁できない場合、その中国企業は廃業せざるを得ません。
もうひとつの増置税とは日本の消費税の運用とよく似ています。日本では輸出取引は免税取引で、その取引のための仕入に係る消費税が全額還付対象となります。ところが、中国の場合は品目により増置税の還付率が変わります。つまり、政策上好ましい産業については還付率が大きく、好ましくない産業については還付率が低い、もしくはゼロとなります。これも当然、還付率が低い産業についてはコスト増となります。
昨年訪問した広東省東莞市にある韓国系のぬいぐるみ工場によれば、労働者不足、人民元高のみならず、労働法も改正され人件費のみで今年から30%増となったそうです。従来からベトナムでも操業していたので、今年は主力製品の製造をすべてベトナムに移管することにしたそうです。この企業のようにすぐ移転するあてがある企業は良いものの、いわゆるファブレスで自社工場を持たず、中国の提携工場に生産してもらい日本市場で販売している日本の中小企業はどうするのでしょう?中国生産にこだわるなら値上げをのむしか方法がありません。特に労働集約型産業は沿岸部からどんどん内陸に入っていくため輸送時間やコストもかさみます。これらのコスト増が消費不況の日本でどこまで消費者に受け入れられるかが問題です。
中国に代わる生産国としてベトナムをあげるビジネスマンが多いものの、たとえば雑貨については戦争や紛争が長く続いたため、まだ裾野産業が十分に発達していません。また、中国と比べると輸送距離も長くなり時間とコストがかかります。ベトナムの人件費は中国にくらべかなり低いですが、部品数が多く、短期間に少量多品種展開をしなければならない婦人用のバッグなどはかなり厳しいものがあります。一方、ベトナムの主要輸出品目でヨーロッパ諸国へ輸出実績のある靴などは大いに可能性があります。
日本の中小企業にとっても体力を問われる中国の輸出抑制策。カンボジア投資ミッションはあっという間に定員に達し、メコン地域への投資セミナーも 250名の出席者は抽選。この地域への進出が他国に比べて遅れていた日本の中小企業にも正念場がやって来ました。
河口容子
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