2007年11月 1日号「はったりをめぐって」に登場する香港のクライアント企業に勤務する女性はとうとう 3ケ月腰をすえて日本で日本語を勉強することになりました。友人が近くにいるというものの、気にはかかるので時々メールで様子をたずねていました。お昼かお茶をしましょうとの約束も最初の 1ケ月は彼女は風邪と宿題の山とカルチャーショックでパニック状態、気温差や乾燥した空気のせいだからよくうがいをするように、お風呂で体を温めるように、食事は栄養のバランスを考えて、辛かったことも後からは良い思いでになるのだから授業を最後まで頑張るように、などと、私も生来のおせっかいぶり炸裂です。不思議なものでこんなやり取りを続けるうちに、最初随分神経質な女性だと思えた文面が明るく優しい女性に思えるようになりました。
ある日銀座に仕事があったので、学校帰りの彼女を呼び出し昼食を食べることにしました。初めて会った彼女は大柄でいつもにこにこ笑っている20代半ば過ぎの女性でした。ブラウンに染めたボブカットに上手にメイクをし、ショートジャケットにミニスカート、ブーツというどこから見ても日本のお嬢さんにしか見えません。私が連れて行ったのは 130年続く長崎料理のお店です。外国人は日本に来るとすきやき、しゃぶしゃぶ、寿司、天ぷらで接待してもらうのが定番ですが、今は世界中どこでも食べられるものであまり新鮮味はありません。そこで老舗の伝統的な和食、それも一般人が普通に食べるものを紹介してあげようと思ったのです。何種類かお料理を頼み、「取り分け皿をお願いします。」と頼もうとしたところ、「言われなくても」とばかりに中年の女性がお皿や中鉢を出してくれました。案の定、名物ドンブリ大の茶碗蒸しの出汁に彼女はうなるように「オーイシイ」と言いました。残念ながら彼女の発する日本語はこの「いただきます」「おいしい」「寒い」の 3語のみでこれまた案の定終始英語で話すことになりました。
聞けば彼女の友人は26歳の香港女性で30歳の日本人男性と結婚しているのだそうです。「日本の人は携帯電話で話さず、メールでいちいち話すのですか?」「そんな事はないですよ。少なくとも私の年代ではね。」「友達たちの年代はそうらしいんです。それでも結婚したから不思議だわ。」「今はいろいろな職業があってそれぞれ生活の時間帯が違うからメールのほうが便利になったんじゃないの?」「ヨーコさんは携帯からメールを打ちますか?」「私は老眼だから携帯でメールを打つのは大変ですよ。でも最近は中年男性も電車の中で老眼鏡を上げ下げしながらメールを打ってるわね。何をそんなに急ぐことがあるのかしら?携帯電話はただの電話機でいいと思う。」「そうですよ。香港では携帯電話は話すためのものです。」
百聞は一見にしかず、で会ったこともない人とビジネスを始めることはほとんど不可能ですし、プライベートならなおさらです。人間なら互いに会って、お互いをさらけ出し、また気遣いあいながら生きていくのが自然の姿で、声を聞くこともせずメールの文字にだけ頼るのは非常に恐ろしいことだと思います。携帯の小さな画面で十分に意思や状況を伝えられるとは思わないし、嘘だってつけます。場合によっては無視する事もできるのですから。
「日本人はどうして毎晩ビールを飲むんですか?友達のだんなさんは必ず夜ビールを飲んでます。」「私は東南アジアへよく行くけど皆あまりアルコールは飲まないわね。私のインドネシア華僑の友人によれば、日本人は夏暑いから飲む、冬寒いから飲む、春や秋は景色がきれいだから飲む、インドネシアは夏しかないからお酒はいらない、と言ったわ。この答え素敵でしょう?」
会計の際に「彼女にいろいろ食べさせてあげたかったのですが、結局は食べきれず残してしまいました。ごめんなさい。」と詫びると店主は「ありがとうございます。」と丁寧に頭を下げてくださり、戸口まで送り出してくれました。その後、地下鉄に揺られ、広告を一緒懸命読もうとする彼女を助けながら新宿にたどりつきました。「せっかく習った日本語を香港に帰っても忘れないようにしてくださいね。」「頑張ります。ヨーコさんが香港に来られたら今度は私が香港料理のおいしいところにご案内しますから早く来てくださいね。」
河口容子
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10年ほど前「中国製」と言えば「安かろう、悪かろう」の代名詞でした。昨今は中国は「世界の工場」、その経済力により「世界最大の市場」となりました。また、ロケットを飛ばす技術すら持っています。ハイテク製品などもはやメーカー間の争いではなく「いかに国家で国際基準を取って世界市場を押さえるか」が話題になっていたほどです。
ところが、今年の 5月パナマで中国製の咳止めシロップにより 100人以上の死亡者が出たところから「メイド・イン・チャイナ」は恐怖の代名詞へと変わります。これはグリセリンのかわりに安価な有害薬剤が使われており、しかも手の込んだことにスペインのバルセロナにいったん輸出され、そこからパナマへ渡ったものです。中国には「偽薬」もあると聞かされていましたが、有効成分が入っていない程度と勝手に解釈していましたが、現実はそんなに甘いものではありませんでした。
その他、はみがきに有害物質、うなぎに有害物質、土鍋から鉛、玩具から鉛、毛髪のアミノ酸を利用した醤油、賞味期限切れのちまき、ペットフードからメラミン、割箸の防腐剤と防カビ剤、工業塩を食塩と偽って販売(大量に摂取すると死亡することも)、おまけにダンボール肉まんヤラセ報道事件まで加わって信用はガタ落ちです。
実は中国政府も負けてはおらず片っ端から中国に輸入されてくる食品を摘発しています。米国産イカにカドミウム、日本産冷凍マアジとマダイにアニサキス、インドネシア産冷凍うなぎにサルモネラ、フィリピン産乾燥バナナに二酸化硫黄、ベトナム産ドラゴンフルーツにDDT、インドネシア製ビスケットにアルミニウムなどなど、まさに「やられたら、やり返せ」状態です。
中国に対する集中砲火は単なるひがみと言う人もいますが、私は途上国にありがちな無知や当局による管理の不行き届きがほとんどで、すべてが犯罪性を帯びた悪質なものではないと思っています。なぜなら私の子ども時代には海苔巻きせんべいの海苔の部分がタール様の染料でごまかしてある商品があったり、かき氷のシロップは毒々しい色でしたし、今は禁止されている人工甘味料はたくさん使われていました。当時の消費者は絶対皆食べています。戦後から何十年もかかって日本は独自の安全基準や検査体制を構築してきたわけで、それでもいまだに国内でも賞味期限や産地の偽装事件が後をたちません。日本だってかなりのものです。
冷静に考えるとすべての事件は業者側の「儲かれば良い」、消費者側の「安ければ良い」という経済性重視に偏った発想から来ています。また、悪貨が良貨を駆逐するが如く、違反をしなければ儲からない、だから悪は密かに伝染し、真面目にやっている業者は「高いから売れない」あるいは「儲からないからつぶれる」という構造が出てきます。ここへ来て本来一番重視すべき「安全性」へ回帰したことは健康的な経済活動にもつながるのではないでしょうか。
河口容子
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