[147]人民元の切り上げをめぐって

  7月21日に突然中国の通貨である人民元の切り上げが行なわれ、以後米ドル相場にリンクしていた為替制度を通貨バスケット方式に変更するとの報道がありました。
  7月 1日に国内の取引先から人民元の切り上げについてどう思うかと問われ、次のように答えました。私なりにいくつかの視点があります。一つ目は中国にとって「有効」ないしは「即効性」があればとっくにやっていただろう。つまり、やれない、ないしは、やっても意味がないことなのではないか。
 二つ目は米国は自国の貿易赤字の原因を人民元のレートにすりかえているのはないか。切り上げの幅にもよりますが、自国に産業が戻ってくるほどのことはあり得ないでしょう。
 三つ目は、人民元切り上げにより中国内に輸入製品が安く出回ります。となると中国企業も競争が厳しくなり、倒産するところも出てくるでしょう。労働集約型産業はすでにベトナム、カンボジア、ラオスへ移りつつありますから、中国としては技術、設備、付加価値に力を入れなければなりません。
 四つ目は、人民元の問題点はレートよりも国外では通用しない、つまり資金が流出しない、という点です。為替相場もないので人民政府は安定して国内に資金を留保できるというメリットがあり、レートよりそのほうが問題ではないかと思います。
 五つ目は、中国の輸出品価格や沿岸大都市部の生活を見ると人民元は過小評価されているようにも思えます。ところが内陸部や農村にいくとどうなのかということです。日本人は「平均値」が好きですが、大国中国でそもそも「平均値」の意味なんてあるのだろうかと考えると人民元の価値を何をもって計るか、というところも問題のような気がします。
 六つ目は、アジアの機軸通貨があってもいいのではないかということです。何でも米ドルにリンクさせて考える必要があるのかどうか。私が商社に入社したときは船舶部に配属され、船の輸出を担当していました。造船王国日本の最後の時代です。当時、貿易は 9割以上米ドル建ての取引でしたが、船の輸出はすべて円建てでした。1隻何百億円という契約もありましたが、みな円建て決済です。発注する船主さんもドルで払うなんて考えたこともない。つまり造船業界は円が機軸通貨だったわけで、これだけアジアの貿易(域内も含めて)が拡大してくるとアジアの機軸通貨があっても不思議ではないと思います。
 そんないろいろな思いの中、突然人民元の切り上げが発表されました。 8月とも 9月とも言われていましたが、2.1%と小幅ながら変動相場制への可能性を見せたわけです。通貨バスケット方式というのは米ドルが乱高下したとしても影響が少なく、米国の人民元切り上げに対する圧力に譲歩しつつも、リスクと面子(米ドルリンクにはしない)は守るという非常に賢い最初の一歩だったと感じました。過去の日本の固定相場制から変動相場制への道を振り返ると、円高に対応できた企業はグローバル企業となり、昔、輸入品は舶来品として珍重されましたが、今は衣食住ほとんど輸入に頼っています。為替相場に関するビジネスや金融商品も生まれ、変動相場制が産業形態を変えたといっても過言ではないでしょう。広大な国土と多くの人口をかかえた中国は今後どう変わって行くのでしょうか。
河口容子
【関連記事】
[056]起き出した獅子
[890]人民元 – 常識ぽてち

[144]中国に拡がる日本の食文化

 香港の貿易機関の日本事務所のトップとパーティで立ち話をした時のことです。「香港の方は日本に来られるのがお好きですね。」と私は言いました。彼もたしか2度目の駐在です。「そりゃあ、食べ物がおいしいから。」とお得意の日本語で答えてくれました。香港の観光のプロモーションでは「香港の料理のおいしさ」を強調しているのにあれは嘘だったのかと一瞬思ったくらいです。
 私が起業してからも香港からの出張者をずいぶんお世話しましたが、おもしろい傾向があります。結構偉い人でもあまり高いホテルには泊まろうとせず、そのかわり、食事にはお金をかけ、私などにもばんばんご馳走してくれます。香港人にとって食はパワーの源、楽しい会話のひとときでもあるのでしょう。
 先日、中国で行なわれた外国料理に対するアンケート結果が発表されました。全体での1位は韓国料理で、もともと朝鮮族が多く住むことから不思議ではない気がします。2位は日本料理、僅差でフランス料理やイタリア料理を抜きました。特に上海の女性は日本料理を圧倒的に支持し、広東では男女ともに日本料理に高い関心を示しています。
 香港にはすでに 300軒を越える日本料理店があると聞きましたが、日本人の居住者や観光客目当てではなく、もはや作っているのは日本人、お客さんは中国人という定着ぶりのようです。東南アジアをまわっていて感じるのは、高い地位や高学歴の人ほどあたかもステータスシンボルのように「日本食が好き」と連発します。私自身は海外でわざわざ日本食を食べたいと思うほうではないのに現地の人たちに無理やり引っ張って行かれることもあります。日本食を食べる絶好のチャンスと思うのでしょう。たしかに日本食というのは、見た目の美しさや季節感、器とのハーモニーといった芸術性、素材を生かした繊細な味わいという特徴を持っており、気候風土や文化の異なる外国人が本当に理解しているのか疑問に思うことがありますが、生命を維持するために食べるという次元から遠くなればなるほど、良さのわかるものであることは間違いなさそうです。
 日本食の進出とともに日本酒も中国で人気を集めています。上海中心部で行なわれた試飲会では8割の人が「おいしい」と答えています。参加者のうち6割は日本に来たことがなく、日本と直接関係のない人でもおいしいと答えるということは市場としてはかなり期待してもいいのではないでしょうか。最近は丹精をこめて作られた日本の野菜や果物も中国の大都市や香港では高い価格で売られていると聞きました。
 これはまったく違う目的で上海の若い女性を対象にしたアンケートの結果ですが、「日本製品と日本や日本人に対する感情は別」「日本は技術が発達しており管理も行き届いているので品質が良い。」「容器や包装のデザインが良い。」と多くの人が答えていることです。実に冷静でフェアな回答だと思います。ブランドや流行に踊らされている日本の若い女性たちにも聞かせてあげたいくらいです。
河口容子
【関連記事】
[312]続 中国に広がる日本の食文化
[285]新たなチャレンジ
[277]日本産に安全性を求める中国