[141]ベールを脱いだ本当の暴動

先日、中国河北省定州市縄油村で起きた土地収用をめぐる暴動の映像がワシントンポスト経由世界で公開されました。発電所建設のための立ち退き料に不服とした農民たちを謎の集団が襲撃したというものです。映像を見て思ったのは「いつの出来事?」と思うくらいのさびれた景色、何と槍のような長い鎌まで武器として使われていることです。上海を始めとする沿岸大都市の高層ビル群や近代的な設備の映像ばかり見慣れた私たちにはその落差に背筋が凍るような衝撃でした。
中国での反日デモについては読者の皆様の記憶にも新しいと思いますし、私も 4月19日号の「反日運動と対中ビジネス」を皮切りに 3週連続で取り上げさせていただきました。実際に中国に住んでいたり、ビジネスをしている日本人にとっては本当にシリアスな問題でした。しかしながら、あの何倍、何十倍もの反政府暴動が特に内陸部で起きていることを耳にしていた私にとっては、いつ、どのようにそのニュースを見ることができるのか興味しんしんでした。ご存知のように中国では報道は統制されていますから、地方で暴動が起きたなどというニュースは絶対公式に報道されません。ところが、ほとんどの人は口コミやインターネットを通じて知っているところが社会主義国のすごさです。
意外と日本人に知らされていないのが、中国の「戸口」と呼ばれる戸籍制度です。まずは現役軍人と一般国民に分かれており、一般国民は都市戸口と農業戸口に分けられます。都市戸口は所属するところ別に、家庭戸、集団戸(機関や学校など)に分かれます。また、この都市と農村は管理が社会保険や治安の維持上、別になされており、日本のように都会で職を見つけた農民が勝手に都会に住みつくことはできないと聞いています。沿岸大都市の工場などで働いている農村出身の人たちは「民工」と呼ばれる、いわば出稼ぎです。よほど特殊な例以外は、契約期間が終わればまた農村へ戻っていかなくてはなりません。
昨年の10月 8日号「ジニ係数に注目」でも述べたように、中国の二極分化も大都市内よりは都市と農村の格差がひどい。それはこの戸籍制度に原因があると思います。上海あたりの高収入の若い女性の消費動向調査を読むとブランド商品を買ったり、ブランドに抱くイメージはほとんど日本女性と変わりません。一方、貴州省の少数民族のひとつであるミャオ族は平均年収7000円で小学校へ行けない子どももたくさんいます。中国の貧しい地域では医者に行けるのは約 1割、疫病が発生したとしても保険衛生の知識がないために感染がどんどん広がる可能性もあります。中国のうつ病患者は2600万人にのぼるとされ、そのうちの約 1割が自殺の可能性があるとのことです。これに賄賂や汚職、中央と地方行政のばらばらさとあいまいさも手伝って、暴動の起きないほうが不思議です。
日本でも放映されている「天龍八部」という中国のテレビドラマがあります。大ヒットしたコミックが原作らしいですが、香港、台湾のスターも出演する北宋時代を背景としたアクションあり、ロマンスありの時代劇です。中でも目を見張るのが雲南省に20億円かけて作ったという街のようなセットです。日本ではもはやこんなにコストをかけたテレビドラマにはお目にかかれません。このドラマと先の暴動の映像が、私にとっては中国の光と影の象徴です。
河口容子

[140]模倣品と闘う

 香港と中国市場に日本製の消費財を輸出し始めて丸3年になります。よく日本人から「日本の高い商品が中国で売れるのですか」と聞かれます。日本製、あるいは中国製であっても日本企画であり、それが中国人消費者にとって価値を持つ商品なら日本の小売価格より高くても問題はありません。ご存知かも知れませんが年収 2千万円以上の人口は日本よりも多いのです。また、社会構造も違います。女性もほとんどが仕事を持っていますし、男女同一賃金です。住と食はぜいたくをしなければ、日本に比べればとんでもなく安く、可処分所得が非常に高いのです。ただし、どんな商品にも飛びつく時代は去りつつあり、輸入品を買える層は高いものならインターナショナル・ブランド、それらに比べて日本製品はお買い得感があれば買う、といった状況になっている気がします。
 一番の問題は価格ではなく模倣品対策です。中国では軽工業品なら 2-3ケ月もすれば模倣品が出て来ます。ある日本の企業に「御社の商品を中国向けに出荷してほしい」とお願いしたことがありましたが、「中国に輸出すると模倣品が出て来るから」という理由で断られました。私自身はこの見解は時代遅れと思います。日本で展示会に出展したり、日本市場に出回っている限り、その商品情報は誰でも取れるわけです。日本でも「知る人ぞ知る」程度の商品であったりするのにちゃっかり中国で大量に模倣品が安値で出回っていたりするので、中国人のほうが商品選択眼はすぐれているかも知れないと腹がたつのを通り越して妙に感心することすらあります。最近は中国の一流百貨店やショッピング・モールでは「真正品」である証明書を日本のメーカーに求めるなどして模倣品対策をしているようです。
 こんな例もあります。日本のキャラクター・グッズですが、中国の委託工場で生産をしています。日本の展示会で香港・中国からの引合がふえて来るようになったので本格的に中国市場での販売を考え始めました。ところが中国市場にその製品はすでに出回っていました。日本企業は中国工場からの横流しを防ぐために生産した商品はその都度全量日本に輸入しています。また、日本でも誰もが知っているというほどのキャラクターではないので、わざわざ模倣品を作るメーカーがいるとは考えにくい。おそらく、生産管理は日本企業と工場の間に専門商社が入って行なっているため、材料の管理などがきちんとできておらず、工場が勝手に生産して中国国内に出荷していたものと思われます。また、中国の委託工場がだまって商標権を登録しているケースも耳にします。日本企業はコストダウンばかり考えず、知的財産権も忘れず考慮することです。その名のとおり財産であり、権利を主張するならば守る義務もあるはずです。
 先日、中国の消費者の模倣品に対するアンケート結果の記事を見ましたが、模倣品は困ると答えたトップは「薬品」「化粧品」でした。「化粧品」は何だニセモノか、でもすむかも知れませんが、「薬品」とはおそろしい限りです。一方、模倣品でもかまわない商品に「CD」や「ビデオ」「DVD」がありました。これらの海賊版はいわば庶民の楽しみ、厳しく規制すれば暴動が起きるとの説もあり、経済発展の影の部分を見る思いがします。
河口容子