今年の春から日本酒を香港に輸出し始めた事は2008年 4月17日号「新たなチャレンジ」で書いた通りです。不思議な事に香港人が経営している日本食レストランからの注文であってもどこからそのような情報を得るのか「指名買い」、中には JANコードまで発注表に書いてあったりします。まずは酒造メーカー名を調べ、電話をし、直接売ってもらえるかどうか、代理店(問屋)から買わなければいけないのならその連絡先を聞く、という段取りで仕事はスタートします。この代理店とていろいろな酒造メーカーの銘柄を取り扱っているわけではないので買いつける銘柄が増えれば増えるほど交渉相手がふえます。
さらに輸出は免税取引ですので輸出申告時に酒税の免税取引の申請書を酒造メーカーごとに作成し、申告後税関印をもらったものを酒造メーカーに送付するという作業が発生します。酒税というのは酒造メーカーが負担するもので代理店は一切関係ありませんから、代理店から買っても酒造メーカーともやり取りをしなければなりません。香港はもともと人口が少ない上に、大量にお酒を飲む人はあまりいません。しかも日本酒が定着している訳でもなく、少量多品種の展開にならざるをえません。手間暇を考えると大企業ではコストにあわず、小企業であっても複雑な輸出業務や税務をいとわないという所でなければまずやらないでしょう。
酒造メーカーと連絡を取るうちに驚くべきことを発見しました。酒造メーカーというと地場産業の代表選手、オーナーは地元の名士であったりと古き良き日本の「静」のイメージですが、今は自社でコンテナ単位の輸出をしているところもあり、輸出手続きについても実に簡単に話が通じて不思議な気分になることがあります。
以前に比べ家庭で日本酒を飲む人は少なくなり、外食時も日本酒を選ぶ人は減ったような気がしますが、その分海外で日本酒ファンがふえるのは実にありがたいことです。私自身はどんな銘柄が好まれるのか興味しんしんで「日本で人気があるもの」なのか「中国人が好む名前」なのか「たとえば新潟など特定の地域なのか」など傾向を香港のビジネスパートナーに聞いてみました。ワインにたとえると「ライト・ボディでフルーティなもの」ということです。基本的には大吟醸、吟醸の 720ml瓶以下のサイズが売れ筋のようです。梅酒、ゆずのリキュールなどフルーツものにも関心があるようです。最近はラベルデザインもおしゃれなものが多く、お猪口や枡に入れるのではなく、リキュール・グラスに注いでフランス料理などにも楽しめるのではないかと思ったりもします。
別の香港クライアントから出てきたオファーは日本の冷凍水産物です。「おいしい」「安全」というのが狙いでしょうが、こちらは日本食ブームとは関係なしに一般の香港人向けの商品です。水産物はコンテナ単位で動きますが、私は「食べるだけ」のまったくの門外漢、幸い10年ほど前まで築地の仲卸に勤務していた小中学校の同級生が現在は自営業で時間が自由になるためサポートをしてくれることになりました。彼は水産学部卒で、日本食のお店も経営していたことがある料理人でもあります。川上から川下までのスペシャリストという強い味方を得ました。
世界の同時株安で、通貨は円の独歩高。輸出ビジネスは厳しいと言われますが、考えてみれば20%の円高で売れなくなるような商品は競争力がないと言えなくもありません。上記の日本酒にせよ、水産物にせよ、円高だから数量を減らすとか、見合わせるという話は一切ありませんでした。さすが香港は医食同源、予防医学の長寿国(地域)だけのことはあります。
日本酒は日本の誇り、米と水の競演です。微妙な温度や湿度を感じ取りながら丹精込めて作られるものです。水産物は漁師たちが時には命をかけて採って来るものです。いずれも額に汗して働いた成果です。これは評価されて当たり前だと思います。一方、実態経済から遊離し、マネーゲームと化し、世界を巨大な賭博場にしてしまったヴァーチャルな金融の世界は崩壊が始まっています。
河口容子
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3週にわたって福建省晋江での出来事を御披露させていただきました。晋江人口 100万都市、かつ国内線の空港もありますが、一般の日本人にとってはきわめてマイナーな都市であると言えます。そこの特段有名でもなく、特殊な技術を持っているわけでもない中小企業が英国での上場を計画し、日本のデザイナーの作品でコンテストを行う、香港の技術を導入して大ファッション・ショーを行う、そして式次第がきっちり決まっているわけでもないのに 300名を越す客を何の粗相もなくもてなす、このパワーに日本の中小企業はもはや太刀打ちできないとショックだったのは事実です。
世ではお馬鹿タレントのブームですが「あんな馬鹿な人もいるのを見てほっとする」効果があると聞きます。本当に馬鹿なら人前に出てお金など稼げるわけがなく、馬鹿だと信じている人のほうが本当の馬鹿だと思います。これに似ているのが日本でなされる中国に関する報道です。漫画みたいな大金持ちと極貧の人たち。それだけを見て「まだ日本は安泰」などと思っている人が多いのではないでしょうか。私たちのマーケティング上では中国の「中間層」とは弁護士、医師、大学教授、中小企業の経営者、外資系企業の本部長クラスなどを指します。財力、権限、知力をかね備えた層が多く、「中国での中間層の拡大」は日本の中間層なみの生活レベルの人がふえたのとは意味合いが違います。
海外出張中は極力現地のTVを見ています。中国やベトナムのような社会主義国では統制されているとはいえ、番組を見れば社会や文化のレベルをある程度知ることができるからです。私の泊まった 5つ星ホテルでは60チャンネルを見ることができました。1から60まで隙間なくびっしりです。CCTV(中央電視台)が11チャンネル、そして各省や特別市の放送局などです。これだけTVが発達するのも識字率の低さと関係しているような気がします。中国では1500文字を水準として識字率を出しているそうですが、非識字者が 1億1600万人とも言われています。悲しいことに一時期8000万人台にまで改善されたものの格差拡大により義務教育すら受けられない子供が増加したのが原因だそうです。
滞在中の大きなTVニュースはふたつ、メラミン混入のミルクとパラリンピックの閉幕でした。ミルクのほうについてメーカーの工場の写真、製品のクローズ・アップから始まり、乳児にどんな症状が出るか、該当する商品を使っている母親は子供を病院に連れて行って検査するように、などと結構詳しくまじめに報道していたのが印象的です。パラリンピックはちょうど閉会したところで一番感動したのは中国の選手名を一人ずつ画面に流し「 331名の英雄に敬意を表する」というテロップが流れた瞬間でした。金メダルの数が減ったのどうのと騒ぐ日本のマスコミのレベルが恥ずかしく思えました。韓国ドラマも健在で中国語に吹き替え、インドドラマもあり、インド人俳優が吹き替えで中国語を話しているのにはちょっと笑えるものがありました。
福建はお茶どころで鉄観音をたくさん飲みました。日本ではウーロン茶というとペットボトルに入ったものを連想しがちですが、本物の高級品はあのようなお茶ではありません。また、あの価格で売れるしろものでもありません。実に香り高い、キレの良い味わいのものです。昨年胆嚢の摘出手術をしてからは大量の脂分を摂るとおなかをこわしますし、油脂を使った料理を見るだけでも嫌になってしまうのですが、中華料理づけの毎日でもこのお茶のおかげで助かりました。カニなどを食べるときのフィンガーボールにもお茶を入れると指についた脂や臭みも取れるそうです。
アモイの免税店に中国でも最大級のお茶屋さんがあります。最近は缶に安全シールが貼られています。ここでお茶を買うとチャイナ服のかわいらしい女性がお茶をたててくれます。クッキーやら雷おこしのようなお菓子も「どうぞ」と包みまであけてくれました。一人旅でしたので30分ほどいろいろなお茶をいただいてきました。彼女は片言の英語、私も片言の中国語で楽しいひとときを過ごしました。隣ではお茶のお土産をたくさん(たぶん数万円分)買った女性がスーツケースに詰め込むのに必死です。お店の女性がせっせと手伝っているのが何とも微笑ましく、私の相手をしている女性も「お客さん、これで一息入れて」とばかりに女性客にお茶を差出ました。女性客も私もお店の人たちも皆顔を見合せてにっこり、今の東京ではなかなか見かけられなくなった優しいひとときでした。
河口容子